第61話 琴音を絶望させた男。


 あれから半月。

 凛とは一言も話せていない。


 無理にでも連絡する手段はあったと思う。でも、それは何か違うと思った。


 俺も考える時間が必要だと思ったし、凛もそうなんじゃないかと思った。


 色々考えたが、これしか方法を思いつかなかった。


 俺は手紙を書き、それを白い封筒に入れる。

 宛名は、神木 凛。


 雫さんに住所を聞いて、直接持参することにした。


 直接持っていくことに大した意味はない。

 でも、それくらいしか、できることがなかった。



 一宮の家は、◯◯市にある。

 そこは、俺も子供の頃に住んでいたので、少しは土地勘がある。駅から歩くと、懐かしい景色が続く。


 あの頃は、まだ母さんがいて、親子3人でよく遊んだっけ。雫さんがうちに来て複雑な気持ちだったけれど、いまは、大切な人が増えたのだと思ってる。雫さんは、俺を凛と同じように扱ってくれる。今年の母の日には、母さんと雫さんに何かをプレゼントしよう。


 少し歩くと、ある公園で足がとまった。


 この公園は……。


 『このビー玉、僕たちの宝ものにしよう』

 男の子の声が、思い出の中で響く。そうだ。俺はこの公園で、男の子とよく遊んでたんだ。あの子は確か……。


 桜並木をあるく。きっと、美しく咲いていたであろう並木は、今は緑の葉で覆われている。


 今回のこと。

 全部、俺が蒔いた種だ。


 さやかには辛い思いをさせてしまったし、楓にも甘えてしまった。琴音には、今も現在進行形で甘えている。


 3人とも大切な存在だ。

 俺にはもったいないくらい良い子。もし、凛と知り合っていなければ、きっと、付き合っていたのだろう。凛を裏切らないことで、あの3人に返せるものはないのかな。


 すると、楓の『残酷』という言葉を思い出した。だったら、何もせずに突き放すことが、一番優しいのだろうか。


 分からない。


 だけれど、俺には凛がいて。

 凛が1番なのだ。


 いや、俺にとって凛は、生きる意味そのもので序列はつけられない。特別な存在。


 俺は手に持つ封筒を眺める。


 もし、この手紙を読んでもらえて、もしまた、凛に会うことができたら、ちゃんと気持ちを伝えよう。


 そう考えているうちに、雫さんに教えてもらった住所についた。名家というだけあって、瓦屋根の立派な門構えだ。


 あいつ、ほんとに、お嬢様だったんだな。


 俺は少し前屈みになって、持ってきた手紙を郵便受けに入れる。そして、身体を起こす時に、見上げた風景に見覚えがあることに気づいた。


 『俺、子供の時に、ここにきたことがある』


 どうしてだろう。

 気のせいかな。




 それから数日が経った。

 今日は凛との約束の日だ。

 

 俺は落ち着かなくて、待ち合わせより随分と前についてしまった。


 駅前の時計台をみる。

 すると、まだ30分もあった。


 凛はきてくれるかな。

 会ったら、どうやって気持ちを伝えよう。


 昨日、話をしたいことを紙に書き出した。

 でも、うまく伝えられる気がしない。


 待ち合わせ時間が近づいてくるにつれて、すごく緊張してきた。もしここで許してもらえなかったら、きっと、もうチャンスはないだろう。


 凛はまだかな。

 会えるのは嬉しいけれど、怖いや。


 ソワソワして待っていると、スマホにメッセージが入った。




 琴音だ。



 「れん。たすけて。ドアの外にママの男がいる。ウチをレイプした男」








 


 





 

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