第60話 凛の春休み。
もう朝かぁ。
枕元に置いていたトンボ玉のアンクレットを見る。
わたしは、レンくんに酷いことを沢山してしまった。「気持ち悪いと」言ってしまった。
絶望感、自己嫌悪、気持ち悪いと思う気持ち。色んなものがごちゃまぜになって、意味がわからなくて。あの家にいるのがつらくて、涙が止まらなくて、息をしてるのもつらくて。
わたしは、おじいさまの家に来た。
わたしは逃げ出してきた。
れんくんの顔をみるのが怖い。
春休みの間、色んな人からメッセージがきた。
音羽、琴音、さやか、お母さん。
わたしなんかのことを心配して、たくさんの人がメッセージをくれる。
もうすぐ春休みも終わる。
わたしの高一の春休みは、れんくんとの思い出はナシかぁ。いろんな計画をたててたから、悲しいよ。
琴音が遊びに誘ってくれた。
……行ってみようかな。
琴音と駅前で待ち合わせした。
「ストレス発散にはカラオケしかない」という琴音の謎の理論でカラオケにいった。カラオケなんて、いつ振りだろう。わたし歌しらないし。どーしよ。
すると、琴音も歌うでもなく、自分のことを話してくれる。琴音の稽古は順調らしく、どうやら主役に配役されそうとのことだった。それと、先行して例のプロフを公開したら、なんだか人気がでてSNSで話題になってるらしい。
たしかに、デビュー前のプロフィールで「恋人募集していません。好きな人がいます」って書いてる人なんて、あまりいないものね。
想像したら、なんだか笑ってる自分がいた。
あ、久しぶりに笑ったかも。
それにしても、この子、ブレないよね。
琴音だって、楓ちゃんとのこと知ってるはず。
イヤじゃないのかな?
聞いてみると、琴音はソフトクリームを頬につけて答えてくれた。
「ん? イヤにきまってるじゃん。でもね。蓮が誰とキスしたって、レンはレンだよ。そんなこと言ったら、ウチなんて……生きていけないって」
琴音は、今度はポテトを食べながら答える。
「ウチ、汚れてるのに、レンは普通に女の子として接してくれる。凛とも差をつけない。だから、ウチ、レンのこと好き。この気持ちをいっぱい返したい。それはずっと不変で変わらない。その上で、嫌なことあったら、本人に言うよ」
琴音はすごいな。
わたしは、そんな風には思えないよ。
「あのね。ウチ、凛がすっごく羨ましいんだよ」
「どうして?」
「だって、うちの初めて。お母さんの男に無理に奪われて何も残ってないもん。レンの初キスを貰えないことよりも、あげられないことがすごく悲しい。だから、凛がすっごく羨ましい。初めてのキスもエッチも。ほんとは、全部、レンにあげたかった」
琴音は首のあたりを掻く。
「ウチ、こんなこと話すつもりなかったんだけどな。凛。逃げないで。凛がいらないなら、蓮もらうけれどいいの? ウチ、今のリンより蓮を幸せにできる自信ある」
「だめっ!!」
わたしは無意識に口ばしっていた。
あれ。わたしはまだ……。
「なら、ちゃんと伝えなよ。もたもたしてたら、本気でもらうからね。ウチね。まだ、レンにあげられるはじめてが残ってることに気づいたんだ」
なんだろう。琴音はニコニコして続ける。
「それはね……。内緒〜。あーあ、レンの子、かわいいだろうなぁ。たくさん欲しいなぁ」
それ、全然、内緒になってないし。
そのあとは、普通に歌って食べて、楽しく過ごせた。
別れ際、琴音が抱きしめてくれる。
琴音なりに元気付けてくれたのだろう。
敵に塩を送る方式?
わたしは、どうなんだろう。
レンくんのこと、嫌いになれてはいない。
っていうか。あんなに大好きだったのに、急に気持ちなんて消せないよ。
琴音はレンくんに多くを求めていない。
と、いうより、助けられた時に、一生分を先払いでもらったと考えているのかな。
じゃあ、わたしは。何を。
何を彼に求めているんだろう?
浮気をしないこと?
誠実であること?
でも、わたしは、彼の一歩を踏み出せるところを好ましく思っていたのではないの?
さやかを助けたこと。
わたしのトンボ玉を見つけたこと。
琴音を助けたこと。
きっと、楓さんのことも、どこかで助けたのだろう。
それはどれも、わたしが彼を好きになった理由なのだ。
おじいさまの家に帰ると音羽がいた。
わたしとのやり取りで心配になったらしい。
お茶をだして、早々にお引き取り願いたいのだけれど。
音羽は、トランプとかスマホをテレビに繋ぐケーブルを持ってきている。これって、この人、泊まる気なの?
音羽は、いつもの上から目線で話しかけてくる。
「ちょっと。元気ないみたいなんですけれど、何かありましたか? まぁ。どうせあの貧相な殿方と喧嘩でもしたのでしょう?」
音羽、無駄に鋭い。
「いや、べ、べつに……」
「そんな凛さんのために、わが纏家に伝わる仲直りの媚薬、こほん。秘薬をお待ちしましたわ」
いま、なんか媚薬って聞こえたような?
「とにかく、すごい秘薬なんですの。これを飲むと、どんなに喧嘩しても、次の日の朝には仲良く同じお布団に入ってるという魔法の薬ですの」
音羽は得意げに続ける。
「なんでも、実兄妹でも間違いが起きかねないとかで、わたしには手も触れさせてくれなかったので、お爺さまの書斎から盗む……拝借するのに苦労しました。感謝してくださいね?」
なんだか、いま、盗んだっていったよね?
それにしても、すごいものもってきたよ。この人。
わたしは、おそるおそる聞いてみる。
「ちなみに、どんな材料はいってるの? アレルギーとか怖いし」
「んー。小耳に挟んだ話では、すっぽん、まむし、ぷろぽりす、とか。そんなのが入っているらしいですわ。さっき、一宮のお祖父様にもお裾分けしましたのよ?」
ちょっと、やめて。
おじいさまが死んじゃう。
まぁ、音羽なりに心配してくれるんだよね。
布団を2つ敷いて、音羽と並んで寝る。
すると、音羽は意外とヤンチャなところがあるらしく、わたしの机の引き出しとか開けまくって、懐かしい箱をひっぱりだした。
懐かしいな。
あれは、子供のころ、わたしと弟の宝物を入れていた箱。
音羽は一枚の絵を手に取った。
「これ、凛さんですか?」
それは弟が描いた絵だった。
わたしと弟が手を繋いでる絵。
あれ?
はじめて見る絵だ。
絵の中のわたしは、反対の手をもう1人の男の子と繋いでいる。この頭がボサボサの子、誰だろう。
わたしは思わず笑ってしまった。だって、もう1人の男の子。なんとなくレンくんに似てるんだもん。
れんくん……。
その絵を見ていて分かった気がした。わたしは、好きになった人がいなくなるのが怖いんだ。
れんくんが他の人を好きになって、わたしの前からいなくなってしまうのが怖い。
怖すぎて遠ざけてしまった。
次の日の朝、音羽は帰った。
ポストをみると、差出人のない一通の手紙が入っていた。封筒には、ただ、わたしの名前だけが書いてある。
これは、レン君の字だ。
わたしは封筒をあけた。
「凛。もう一度だけ会いたい。待ち合わせ場所は◯◯駅前の時計台の下に、◯◯日に◯◯時で。来るまで待ってるから」
それはレンくんからの手紙だった。
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