第59話 凛がいなくなった日。

 

 凛がいない。

 俺は家中を探す。だけれど、凛はいなかった。


 「雫さん。凛がいない」


 雫さんは少し間を開けて、言いづらそうに口を開いた。


 「気を悪くしないでね。あの子。れんくんと一緒に居たくないって。朝一で祖父の家に行ったの。しばらくは、そっちにいるみたい」


 「しばらくって、いつまでですか?」


 「うーん。少なくても春休みの間は向こうかな。あとは状況次第……」


 この家から凛がいなくなってしまった。


 凛から離れないでって言われて、そのつもりだったのに……。俺は、少し裏切られたような気持ちになった。


 すぐに凛に電話をかける。

 しかし通じなかった。


 メッセージもブロックされている。



 りん。りん……。


 俺はどこかで安心しきっていた。

 どんなに嫌われても、同じ家にいてくれると。


 思い上がっていた。

 一緒に住んでいれば、いつかは許してもらえるのではないかと。


 でも、その拠り所もなくなった。

 俺らは実姉弟ではない。楓と成瀬のように、切っても切り離せない血縁もない。


 凛が許してくれなかったら?

 他人に戻って、このままになってしまうのだろうか。


 それから数日経っても、凛は戻ってこなかった。


 楽しみにしていたはずの春休みも、虚ろなまま終わってしまった。この家の中から、どんどん凛の気配がなくなっていくのを感じる。


 毎日、凛のことばかり思い出してしまう。

 最初に会った日のこと、一緒に海で叫んだこと、一緒にとんぼ玉を探した日のこと。


 凛の心が俺から離れるのに反比例して、俺の中の凛の存在が大きくなっていった。



 2年生になった。

 1年の時のメンバーはバラバラになり、俺と同じクラスになったのは、琴音と成瀬だけだった。


 うちの高校は2年から進路別にわかれる。

 成績優秀者には特進クラスがあり、凛もそこに入った。


 特進クラスは別の棟なので、基本、凛と動線が重なることはない。学校がはじまれば、凛と話せるかと思っていたのだけれど、どうやらそれも無理そうだ。


 俺がうなだれていると、成瀬が話しかけてきた。


 「蓮。ちょっといいか?」


 成瀬に連れ出されて、廊下にでる。


 『俺、また成瀬に殴られるのかな』


 すると、成瀬が頭を下げた。


 「れん。この前は事情も知らないくせに、すまん。あれから姉貴にめっちゃ怒られてさ。俺が悪かった」


 「いや、俺が悪い」


 「だって、うちの姉貴から襲いかかったんだろ? うちの姉貴がビッチなだけじゃん」


 俺は頭を下げる。


 「いや、ほんと俺が悪いんだよ。それにビッチだなんて思わない。ちょっと楓に惹かれたのは事実だし。ごめん」


 楓が俺を庇ってくれたのか。

 本当に俺ってやつは……。居心地が悪くて、この場から逃げ出したい。


 でも、成瀬の反応は違った。

 成瀬は肩の方をバンバンと叩く。


 「そか。ちょっとは気持ちがあったのか。遊んだんじゃなきゃいいんだ。まぁ、うちの姉貴、けっこー可愛いからな?」


 「あぁ。そうだな」


 ほんとうに、そうだ。


 成瀬が残ってくれた。

 全部なくなったかと思ってたから、救われた気がした。


 成瀬。なんだかんだ言っても、楓のこと大切に思ってるんだな。ほんとの姉弟って、こういうものなのかな。


 羨ましいと思った。


 

 クラスに戻ると、皆んな席に着いていた。

 引き戸があいて、新担任が入ってくる。


 さて、全然モチベーション上がらないが、今日から高2がスタートする。

 

 

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