第49話 きっかけ。
(凛の部屋)
職業レポートは、無事に終わった。
発表も琴音が手伝ってくれて、なんとか乗り切れた。
それで一件落着なはずだったのだが。
いま、わたしは、家で枕を抱えている。
「異性として考えたことない」
嘘をついてしまった。
ほんとは蓮くんのこと、男の子としてすごく意識しちゃってるのに。
あれ以来、なんだか蓮くんと加藤さんに罪悪感を感じてしまって。あんなことを言ってしまったことを、ずっと後悔していた。
それに、あれから加藤さんが気軽に話しかけてくれるようになった。わたしの考えすぎかも知れないけれど、このままにしておくのは良くない気がする。
そこで、わたしは、わたしの気持ちを唯一知っている友人。琴音に電話した。
「琴音? ……んでね。つい、異性と思ったことないっていっちゃって……」
わたしは琴音が蓮君を好きだと知っている。
琴音本人からそれを聞いて、琴音と約束したのだ。
蓮くんとのことを正々堂々と勝負すること。
もし、どちらかがフラれても、2人は友達でいること。
琴音からは、3人で付き合うという案も提案されたが、それはさすがに……却下した。
「ウチ、ちゃんと伝えた方がいいと思う。たしかにドン引きされるかもだけど、蓮だけいればいいでしょ? ウチもそんなことじゃ引かなかったし」
たしかに、そうだよね。
また聞かれたら、ちゃんと伝えよう。
琴音の話は続く。
「ウチ、蓮とエッチしたいんだけど、してもいい? あれの匂い嗅いでから、なんか欲求不満になっちゃって……」
わたしは即答した。
「いいわけないでしょ(笑)」
あれから欲求不満なのは、わたしも一緒だし。なんか悶々として、辛い。そろそろ生理だから、そういうのもあるのかもだけど。
でも、蓮君、隣の部屋で聞き耳たててそうだし、1人でもできない……。
琴音は、物おじせずに答える。
「やっぱ、そうだよね。ざんねん(笑)」
「ところで、琴音。最近は大丈夫? 家で怖いこととかあったら、いつでも来ていいんだからね。わたしの部屋に泊まればいいし」
うちの両親は、琴音のことをえらく気に入ってしまい、成人するまで琴音を引き取ってもいいと、本気で言っている。もちろん、わたしもイヤじゃない。
翌日、わたしは例のカフェにいた。
職業レポートは終わったが、わたしは教えてもらったカフェをよく使っている。気分転換にも勉強にも最適なのだ。
わたしはチャイを頼み、マグカップを両手で持つ。すると、熱がじんわりと伝わってきて、シナモンの香りもして、心がおちつく。
チャイを一口のみ、行ったこともない異国の情緒を満喫していると、加藤さんが来た。
「神木さん。ここ、座ってもいいかな」
「あっ、はい」
蓮くんのこと話さないと。
でも、いきなりは唐突すぎるし、話のキッカケがない。
わたしが頭の中で右往左往していると、加藤さんは話し始めた。
「んでね。神木さん。単刀直入にいうと、蓮のことあるから迷ったんだけど、僕、君のことが好きみたいだ。付き合ってもらえないかな?」
えっ?
えーっ!!
蓮くんのこと、加藤さんに隠しちゃったから訂正しないとと思ってたんだけど、話がとんでもない方向にいっちゃってる。
加藤さんは続ける。
「あ、重く考えないでね。でも、本気だよ。僕、女性に恋愛感情もったことなかったから、こういうの初めてで」
加藤さんは、ちゃらいタイプではない。きっと本気なのだろう。
ど、どーしよう。
悩んでいたことの、何億光年も先を行く問題が発生してしまった。
「ごめんなさい、ちょっとトイレ」
そういうわけで、わたしはその場から逃げ出して、化粧室の鏡の前で自問自答している。頬をつねったりしてみたが、夢ではないみたい。夢であってほしかった。
わたしは、蓮くんを好ましく思っている。
付き合うなら、彼以外に考えられない。
では、加藤さんはどうだ?
もし、蓮君のことがなかったら、わたしは加藤さんに好意をもったのだろうか。
いや、それはないと思う。
加藤さんは、わたしと似ている。似過ぎている。だから、悪い面も似ている。
わたしは、加藤さんといると、話しやすいと思う反面、言葉の裏ばかり考えてしまう。
合わせ鏡を見ているようで疲れる。
だから、きっとわたしは加藤さんと付き合うことはない。
じゃあ、すぐに断るのは失礼?
いや、答えが決まってるなら、後回しにするほうが失礼だよ。
「……うん。そうだよね」
わたしは鏡にうつる自分にそう言った。すると、鏡の中のわたしは、さっきよりも少しだけ頼もしく見えた。
席に戻る。
椅子に座ると、わたしは、加藤さんが話すより先に切り出した。
「加藤さん、わたし、加藤さんと付き合えません」
「それって、やっぱ蓮のことが……?」
わたしは頷いた。
自分でも自信なさげに下を向いているのがわかる。
でも、無理にでも顔を上げた。
「うん。わたしは、ずっと前からレンくんを、1人の男の子だと思ってます。そして、異性として好ましいとも……」
「そっか。なんとなくは感じていたけれどね。でも、答えは急いでないし、少し考えてみてもらえないかな?」
わたしは首を横にふる。
「いえ、それは加藤さんに失礼だと思いますので。レンくんのことだけじゃありません。わたしは、加藤さんを男の子として好きになることはないと思います。ごめんなさい」
すると、加藤さんは数秒おいて俯いた。
わたしが嘘をついたから、加藤さんを振り回すことになってしまったのだ。
怒鳴られても仕方がない。
わたしは、泣かない様にギュッと目を瞑って、加藤さんの言葉を待つ。
「……、そっか。わかった」
目を開けると、加藤さんは頭を掻きながら、笑っていた。加藤さんらしくない、飾らない表情だった。
「初恋だったんだけどな。初恋は実らないって本当だよ」
加藤さんは、席を立とうとする。
「加藤さん、図々しいお願いなのは分かってるけれど、レンくんとこれからも友達でいてほしいです」
加藤さんは、微笑む。
「もちろん。僕も君と同じ。蓮が好きだから友達でいるんだよ? こんなことで仲違いしないよ」
加藤さんは照れくさそうに、そして無表情を装って続けた。
「それに、仲違いしたら、一年になってからの時間が無駄になる。またいちから友達を作るのは不経済だと思わないかい?」
そういうと、加藤さんはお店を出ていった。
わたしは、今更ながらに加藤さんの魅力が分かった気がした。
でも、今回のことですごく思った。
わたしは、蓮くんが良くて、他の人は考えられない。
……蓮くんにこの気持ちを伝えよう。
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