第47話 凛と琴音。

 

 あれから凛と琴音は、いつも一緒にいる。


 俺は、凛の素の顔も、琴音の素の顔も知ってるから、2人が心を許し合ってるのが分かる。2人でニコニコしてて、俺も見ていて、なんだか嬉しい。


 凛が孤独なんじゃないかと気になっていたけれど、もう、その心配はいらなそうだ。


 周りの生徒からは「聖女と性悪じゃ釣り合わない」なんて言われているようだが、俺からすれば、琴音以上に凛に相応しい相手はいないと思う。


 でも、こうしてみると、琴音も凛に引けをとらない美貌だな。黒髪のお嬢様系と、金髪ギャル。タイプは真逆だけど。


 ちなみに、あの一件の時、雫さんもいたもんだから、雫さんも琴音を気に入ってしまった。まぁ、目の前で、あんなに男前に娘を助けたのだ。そうなるよな。


 雫さんは、すぐに琴音が、俺が相談していたトラウマの子だと分かったらしい。


 「琴音ちゃんでしょ? レンくんが心配してたの。でも、可哀想だよね。あの記憶力。きっと今でも、現実と見紛うような悪夢を見るんじゃないかな」


 雫さんがいうには、琴音の記憶力は、過酷な環境がきっかけで、命を守るために目覚めた可能性もあるらしい。


 だけれど、それって、性虐待や暴行の細部まで克明に覚えていて忘れられないということだろ?


 それって、残酷すぎる。


 俺が暗い顔をしていたのか、雫さんに肩を叩かれた。


 「あの子なら、うちの子供達のお友達として大歓迎よ。こんど、家に遊びに連れておいで」


 それから数日後、琴音が遊びに来た。

 凛が連れてきた初めてのお友達。


 なんだか、親父までよろこんでて、今日は定時で帰ってくるらしい。


 インターフォンがなった。

 琴音だ。


 凛と俺は玄関に向かう。

 玄関ドアをあけると、なぜかピースしている琴音がいた。凛が話しかける。


 「琴音、意味わかんない(笑)」


 琴音は凛の顔をみるとニカッと笑った。

 琴音は玄関からあがると、靴を脱ぎっぱなしにした。


 いつもの凛なら、すぐに自分で直してしまうのだが、琴音に声をかけた。


 「琴音。くつ」


 すると琴音は、振り返って頭を掻いた。玄関に向かって正座になると、丁寧に靴を揃える。


 そして、うちらを見上げると、恥ずかしそうに笑って言った。


 「ごめん。次からちゃんとする」



 2人で凛の部屋にいった。

 俺も自室にいると、壁越しに2人の声が聞こえてくる。


 俺もなんだか気分がいい。

 人の話し声って心地いいよな。気づけば寝てしまったようだ。



 気づけば暗い部屋の中だった。

 ……これは夢か。


 俺の上には裸の凛が跨っている。

 髪を揺らして、頬を真っ赤にしてゆるやかに動いている。


 俺は身体を起こそうとする。


 すると、ふと視界が誰かの顔で遮られた。

 柔らかいものに口を塞がれる。俺と唇を重ねたのは、琴音だった。


 瞬きをすると、2人はウェディングドレスになっていた。俺はそれを必死に追いかけようと手をのばすのだった。


 俺はなんて夢をみているんだ。

 何かの暗示なんだろうか。


 2人ともいなくなっちゃうのかな。

 想像しただけで、くるしい。



 …………。


 「れんくん」

 「れん」


 2人の声で起きる。

 目を開けると、2人が俺の顔を覗き込んでいた。


 「あっ、れん、起きた」


 「琴音、やばいよ」


 何がやばいんだ?

 

 ん? 

 なんか2人とも油性マジックを待ってるぞ。

 

 まさか。

 鏡を見ると、顔に落書きされていた。


 額に「肉」と書いてある。

 ずいぶんと懐かしきネタがきた。


 「お前ら、ふざけるなよ!」


 2人はキャッキャしてる。


 琴音は目を閉じると、鼻をスンスンとした。


 「この匂い……、蓮、エッチな夢みたでしょ?」


 俺は、自分の股間がベタベタで気持ち悪いことに気づいた。ジャージのパンツの中を覗くと、いつの間にか、賢者タイム中だった。


 無駄に鋭いな。

 琴音は、精◯探知犬か?


 琴音は中腰になって、俺のウエストのあたりを念入りにスンスンすると、ニヤッとした。


 「ぜったいそうだ。レンのえっちー。ちなみに夢のお相手は、凛とウチ、どっちだったの?」


 「知るか」


 すると、琴音は拗ねる真似をした。でも、口元が笑っている。どうやら俺は、からかわれているらしい。


 「え。どっちでもないの? この浮気者〜」


 「そんなこと言ってないだろ!」


 「ふぅーん。どっちかなんだ。れんはウチらとそういうことしたいと」  


 琴音はメモをとるような仕草をする。


 「うるさい。勝手に部屋に入ってくるなよ!」


 夢に2人とも出てきたなんて言えるわけない。


 俺は2人をドアの方に押した。

 凛は、わけが分かってないようだ。きょとんとしている。


 そんな凛に琴音が耳打ちする。

 すると、凛も控え目にスンスンとした。そして、5秒くらいすると、何かに気づいたらしく、顔を真っ赤にする。


 「れんくんの変態!! ……もう。出てって!!」


 いやいや、ここ俺の部屋だし。


 つうか、変態は、さっきからスンスンスンスンしてるお前らだろうが。ホント、あなたたち、さっさと出て行ってくださいよ。


 2人は笑いながら凛の部屋に逃げていった。



 しばらくすると、数式を読み上げる声が聞こえてきた。凛が勉強を教えてるのかな。


 少しすると、親父が帰ってきた。


 廊下で顔をあわせると、琴音のことを聞いてきた。愛娘の友達のことが気になるんだろう。


 「いいやつだよ」と言っといた。


 そのあと、みんなで夕食をとることになった。雫さんが誘ってくれて、琴音も一緒だ。


 みんなで楽しく夕食をする。

 学校のこと、勉強のこと、俺の悪口。


 親父が言った。


 「……ところでさ、れん。お前の額の『肉』なに?」


 しまった。

 忘れてた。


 凛と琴音は、ぷぷっと静かに爆笑している。

 ほんとコイツら。仲良くなりすぎだろ。


 つか、いままで全員で見て見ぬふりをしてたの? とんだ肉ハラスメントなんだが。


 

 雫さんが聞いた。


 「そういえば、一緒にするとか言ってたけれど、勉強はできたの?」


 やはり、さっきは勉強をしていたらしい。


 凛は興奮気味に身を乗り出した。


 「琴音、物覚えすごくよくて、一回でマスターできるの!」


 優秀な生徒は、先生のモチベをあげるものらしい。琴音も、凛の勤勉な性格を好ましく思っているようだ。


 凛と琴音は、ずっと楽しそうに話している。


 だけれど、琴音から子供時代の話がでてくることはなかった。



 食事が終わると、凛が食器を片付け始める。凛が声をかけると、琴音も一緒に片付けはじめた。


 凛が洗って、琴音が拭く。 

 姉妹みたいだなぁ。


 しばらくすると、琴音の手が止まった。


 「ウチ、こーやって皆んなでご飯たべたこと無くて。嬉しかった」


 琴音は、ポロポロと涙を流しはじめた。口をとがらせて、ひっくひっくと子供のように泣いている。


 「ウチ……凛にもさやかにも意地悪してごめんなさい……ウチ、なにもない…から羨ましかったの」


 琴音は下をむいて、フキンを両手でギュッと握った。


 それを聞いて、何故か凛も泣いた。


 ビールを飲んでいたせいだろうか、親父も涙を拭っている。俺も、泣きはしなかったが、くるものがあった。


 琴音を憐れむのが失礼なのはわかっている。でも、そうじゃなくて、なんだか琴音を応援したくなるのだ。


 しばらくして、琴音が落ち着くと、雫さんが琴音を両腕で抱きしめた。


 「あなたもわたしの娘みたいなものよ。また、いつでも遊びにいらっしゃい」


 そのあとは、皆んなで玄関で琴音を見送った。

 親父に送っていってやれと言われて、琴音を駅まで送る。

 

 琴音とならんで歩く。

 すると、琴音が後ろ手を組んで、こっちをむいた。


 「ウチ、バイトの面接、受かったよ」


 「よかったな」


 ほどなく駅前についた。

 すると、琴音は俺の正面にまわりこむ。


 「それと、蓮のご両親、いい人だね。ウチもこんなおうちに生まれたかったな。今日はありがとう」


 琴音は少しだけ不安そうな顔をする。


 「……また遊びに来てもいいかな?」


 「大歓迎だよ。また来いよ」



 (チュッ)


 琴音は、おれの頬にキスをした。

 そして、耳元で囁く。


 「レンのアレの匂い嗅いだら、ウチ、すっごくレンとエッチしたくなっちゃった。これからする?」


 琴音は小悪魔のように微笑むと、俺の返事を待つことなく走って改札の中に入って行った。


 少し進むと、こっちに振り向いた。


 「ウチ。やっぱり、レンのこと大好き!」


 そういうと、タタッと階段を上っていってしまった。


 

 

 俺は来た道を1人でとぼとぼと歩く。


 ……二学期になってから、琴音の印象が随分変わったよ。


 俺、頑張ってる人を助けられる仕事につきたいかも。でも、いまの俺の両手には何もない。


 まずは、そのための力をつけたい。


 ……弁護士か。


 俺の今の頭じゃ夢の様な話だけれど、あの2人に負けないように、頑張ってみようかな。




※※※

挿絵

https://kakuyomu.jp/users/omochi1111/news/16818093082344256323


 

 

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