第46話 凛のお友達。


 その翌週、各班の作業は佳境に入り、アドバイザーが参加する段階となった。


 うちらの班も、なんとか形になってきた叩き台と資料等を準備する。うちらの班のアドバイザーは加藤のお兄さんだ。加藤のお兄さんは、弁護士ではないが法務省で働いていて、今回、参加してくれることになった。


 さすが加藤のお兄さん、教室に入ってきた時には、女子がざわついた。まだ二十代後半だと思うが、イケメンで優秀そうな人だ。


 早速、お兄さんに、うちらが作った資料を見せてもらう。お兄さんの説明は分かりやすく、自力で解答にいたるためのヒントを過不足なく示してくれる。中学の時に公民でやってるはずの三権分立も、お兄さんの実務経験を交えた説明で、ようやく理解することができた気がした。



 クラスの女子たちが加藤兄に群がってきても、琴音は無関心な様子で、いつも通りに俺にセクハラをしている。最近はズボンの中に手を入れようとしてくるので、手を払ったら、琴音は風船のように頬を膨らませた。


 こいつ、ブレないな。



 凛たちのところは、凛のお母さんがアドバイザーできてくれた。海外勤務の実績もある現役のお医者さんだ。これ以上の適任者はいないだろう。


 雫さんは、若く見えて綺麗だ。

 そのため、男子生徒が群がっている。


 「さすが、神木さんのお母さん! 可愛いし若すぎ! 俺、ぜんぜん付き合える」


 などという発言がそこかしこから聞こえてくる。まぁ、お前は付き合えても、相手は無理だと思うがな。


 凛の班は女の子3人なのだが、残り2人は雫さんの人気っぷりが面白くないらしい。露骨につまらなそうな顔をしている。


 メンバーの足並みが揃ってない気がする。


 『……あれ、やばいんじゃないか?』


 俺は心配になる。


 そもそも、このレポートは、特別授業として成績がつくものだ。それなのに、凛だけが事前準備をやってること自体おかしい。


 しかも、残り2人は、凛が作った資料に目すら通していない様子だった。


 貴重な質問の時間なのに「女医は男の子にモテるか」だとか「タレントと知りあえるか」など、どうでもいいことばかり質問している。


 現役医師が時間を割いてくれているのに、どれだけ失礼なんだよ。あいつら。


 それに、これでは凛が一生懸命に準備したことが全部無駄になってしまうだろうが。



 凛も2人の態度を放置できなかったらしく、注意した。


 「ねぇ。2人とも。時間は限られてるんだから、もっと今しか聞けないことを聞こうよ」


 「……」


 何を質問していいか分からないらしい。2人ともしばらく黙ってしまった。


 すると、2人のうち1人が言った。


 「だって、これ。神木さん1人で勝手に作ったんじゃん。わたしらこんな難しいこと分からないし、読んだけど理解できないから、質問できないんだし」


 もう1人も続く。


 「ってかさ、神木さん。ちょっと可愛くて勉強できるからって、調子のってるよね? 聖ティアの聖女だかなんだか知らないけれど、ここは深雪だっての。そんなに本気なら、1人でやったらいいじゃん」


 「まぁ、1人じゃ班にならないから、続けられないけどね(笑)。もう、うちら抜けるから」


 そして、2人は不貞腐れた顔で席を立とうとする。


 あいつら、雫さんが保護者なこと知らないのか? 


 そもそも、あの2人。医療になんて、たいして興味がなさそうなのに、なんで凛と組んだんだろう?


 勤勉な凛と組めば、楽ができるとでも思ったのだろうか。そんな相手のために、凛は毎日こつこつ準備して……。そうだとすれば、俺も悲しいし、腹が立つ。


 ……担任がいないからってやりたい放題しやがって。きっと、後から担任に自分に都合の良い言い訳をするのだろう。


 凛は、雫さんの前で恥をかかされたからだろうか。下を向いてしまった。膝の上で手をギュッと握ってるのが、ここからでも見えた。


 ……肩が震えている。

 きっと、泣いてる。



 俺の中で何かが振り切った感じがした。


 あいつら何なんだよ。自分らの手抜きを棚にあげやがって。凛に全部押し付けたからこんなことになったんだろーが!!


 俺は席を立とうとした。

 さやかも椅子から腰を浮かせている。



 だが、真っ先に立ったのは琴音だった。

 琴音は、立ち去ろうとする2人の前に立ち塞がり……。



 (バチンッ!!)


 琴音は、右掌を右から左へと思いっきり振り切った。有無を言わさず、2人の片方を……ビンタしたのだ。



 (ガンッ!!)


 もう1人のことは蹴った。



 そして人目もはばからずに大声をあげた。


 「あんたら、なんなの。凛ちゃんに全部押し付けて。恥ずかしくないわけ?」


 

 お前が言うな、と思わなくもないが、凛のために動いてくれて有難う。それにしても、琴音さん、手が早すぎますよ。



 殴る蹴るされた2人は茫然自失している。

 我に返って舌打ちすると「先生に言うから」と捨て台詞を吐いて、教室から出て行った。


 琴音は、2人の背中に、あっかんべーをしている。


 凛が、俯いたままボソボソと言った。


 「でも……、わたし1人になっちゃった。頑張ったのに、迷惑だったみたい」


 数秒間の沈黙が訪れた。


 もちろん、クラスには心配そうに見てるヤツはたくさんいる。だけれど、それぞれが班に入っているし、自分の進路にも関わることだ。どうしようもない。



 すると、琴音が手を挙げた。


 「ウチ、凛ちゃんと班することにした!! ナースとか興味あるし。レン、ごめん。ウチぬける!!」


 さやかは、すごく凛を気にしているようすだが、席から離れるタイミングを逸してしまったらしい。すごく申し訳なさそうにしている。


 

 凛はまだ泣いているが、琴音は勝手に凛の横に座ると、凛の作った資料をパラパラとめくりはじめた。


 5分ほどでめくり終わると、雫さんに質問しだしたのだ。しかも、的確に。きっと凛が聞きたいと思っていたであろうことまで。


 それには、凛だけでなく、雫さんも目を丸くしてビックリしていた。


 琴音は、事もなげに言った。


 「ウチ、一回、目にしたものは忘れられないんだ。それに、この資料、良くまとまってて分かりやすかった。頑張って作ってくれて、凛ちゃんありがとう」


 凛はその言葉を聞くと、隠さずに泣き始めた。

 努力が報われた気がしたのだろう。


 瞬間記憶とかテレビで見るけど、本当にそういう能力ってあるんだな。


 おかげで、凛の班は予定通りに作業を進められるようだ。



 ひと段落した頃。

 凛がいった。


 「……琴音ちゃん、ありがとう」


 凛は、琴音の手を握り、琴音はその手に、自分の手を重ね合わせた。


 琴音はピースサインして、凛に笑いかけた。


 「呼び方、琴音でいいよ」



 良かったな凛。

 ようやく信頼できる友達ができそうだな。

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