第45話 職業レポート。


 3人での食事を終え、席を立とうとすると雫さんが声をかけてくれた。


 「心の問題は、同時に身体的な問題でもあるから『原因が解決しました。はい治りました』とはいかないんだよ。大切なのは、相手のペースに合わせることかな。ほら、遠くの名医より、近くの町医者っていうじゃない」


 「それいうなら、遠くの親戚なら近くの他人じゃあ?」


 雫さんは舌をだして片目を閉じた。


 「てへへ。そうともいう(笑)。医師としては、専門医の診察を受けさせなさい、となるけれど、相手のご家庭の状況もあるでしょうし。ただし、手に余るようなら、迷わず私やライさんを頼ること。いいわね?」


 俺はお礼を言って席を立った。

 雫さん、あったかくて良い人だよなと思う。さすが、凛のお母さんだ。


 まずは、俺にできることをしないとな。

 バイトのことで、楓に連絡しようと思っていたら、ドアがノックされた。


 凛だった。

 

 「さっきの話、琴音ちゃんのことだよね?」


 凛には言うべきだよな。

 性虐待のことはデリケートな問題すぎて話せなかったが、大体のことは話した。


 凛は頷きながら、真剣に聞いてくれた。


 「ひどい……、ちゃんと高校にもきて、そんなのおくびにも出さなくて。琴音ちゃんすごいね」


 なんだか、凛の中の琴音の印象が少し変わったようだ。




 最近は、学校にいくと、毎朝、琴音が声をかけてくれるようになった。


 「れん。おはよう!」


 今日も琴音はニコニコしている。

 すると、通りがかったやつの声が聞こえてきた。


 「春川って、実は可愛くない?」


 琴音は人目もはばかはず、俺に腕を組んでくる。観覧車の一件から、琴音はツインテールにしていて、確かに可愛い。髪型が幼いせいか、きつい印象がだいぶ緩和されるようだ。


 凛は、琴音が俺にベタベタしていても、さぼど気にしていないようだ。というか、安堵したようにこちらを見ている。お姉さん気質全開なのかな。


 なんだか、それはそれで悲しい。

 妬かれすぎても困るが、少しくらいは妬かれたいのだ。



 うちの学校では、職業レポートという高一の恒例イベントがある。これは、同じ職業を希望するメンバーでチームになり、特定の職業について、レポートをまとめるというものだ。


 実際に、その職種に詳しいアドバイザーも参加してくれる。かなり本格的なものだが、それゆえに、大変で生徒間では死のイベントとして定着していた。

 

 アドバイザーについては、基本は卒業生や保護者から協力者を募るが、見つからない場合は学校側が手配してくれるらしい。進路決定の参考として行われるだけあって、手厚い。


 職種については学校が設定してくれたものの中から選ぶ。凛は医者にしたようだ。


 俺は、何にしようか迷ったのだが、今回の琴音の件で法律に興味がわいたので、弁護士にしてみた。


 琴音は何故かおれと同じ弁護士チームだ。


 「琴音さんや、法律なんて全然興味がなさそうなんだけど、大丈夫?」


 「ウチ、レンと同じなら大丈夫!!」


 それ、このイベントの趣旨的には、全然だいじょばないと思うぞ?


 ちなみに、特に希望がなかったサヤカと加藤もうちのチームに来た。


 加藤ありがとう。


 さやかと琴音と3人だったら、しんどくて俺、不登校になってたかもしれん。



 まずは、チームごとの予習が必要になるのだが、見るもの聞くもの初めてのものばかりで、皆、なかなか捗らない。


 だけれど、うちらは、琴音がテキパキとやってくれて、順調に進んだ。


 この子、もしかして賢いのかな。


 作業は各班に別れて行う。うちらの班は、隣に琴音、正面にさやかがいて、なんだか尋問を受けているような気持ちになる。時々、加藤が助けてくれるが、これじゃ弁護士じゃなくて、被告人体験レポートだよ。

 

 さやかはやたらと楓のことを聞いてくる。ヒロインポジがどうのとか言ってるが、なんなんだろ。


 琴音はずっと俺の隣にいる。周りに聞こえないように、琴音が耳元でささやく。


 「れんの太腿〜。もっと触っていい?」


 そう。あれから琴音のボディタッチが激しいのだ。


 「ちょっと、やめろよ」


 琴音の手は、どんどん股間に近づいてくる。


 「そんなこといって。レン、元気だよ?」


 仕方ないじゃん。

 お年頃なのだ。可愛い子に股間を撫でられ続けたら、反応もしてしまうさ。


 琴音につっこむ。

 

 「痴漢親父か。おのれは」


 「でも、反応してくれて、嬉しいんだもん。ウチ、いつでもいいからね」


 琴音は両手を胸の前で重ねると、頬をピンクにして、少し俯いた。本気で幸せそうな顔にみえる。


 たぶん、琴音は自分のことを不浄と思ってるから、俺の身体的反応が嬉しいんだと思う。きっと、琴音とエッチしたら、琴音は気持ちが楽になるんだろう。


 安心させてやりたいが、初エッチの相手は凛と決めているんだ。ごめん。


 でも、最近の琴音は、相当に可愛いし健気だ。この子と不用意に2人きりにならないように気を付けよう。


 すると、琴音が耳打ちしてきた。


 「あのね。ウチ、レンに迷惑かけれないから、病気とか検査うけたんだ。そしたら、何の心配もないって。先生に元気な赤ちゃん産めるって言われたよ」


 なんだか生々しいな。


 でも、わざわざ検査してくれたなんて、本質的には真面目な性格なのだろう。違う環境で育ったら、こんな負い目を感じる必要はなかったのに。好きな人ができて、そういう検査を受けるのって、どれほどみじめな気持ちなんだろう。


 よく、環境を言い訳にするな、というけれど、琴音の場合は環境のせいだと思う。


 同情は琴音に失礼だと分かっているのに、どうも、俺は琴音を放置できない。


 きっと、恋愛とは違う。


 保護欲? 

 妹とかいたらこんな感覚なのかな。


 


 気づくと、さやかがずっとこっちを見ている。何かメモしているぞ。この人、なにしてるんだ?


 レポートの内容は、弁護士になるまでのルートや、弁護士の仕事内容、検察官や裁判官との違い、日本の基本な法制度についてだ。


 授業内では、とても終わらない。


 今日は、さやかは部活で、琴音は俺のバイト先に面接に行った。加藤は家の事情とかで、みんな居ない。


 俺は放課後に残って、ひとりで図書室で作業をすることにした。


 法律の知識なんてないから、どれから手をつけていいか分からん。俺が図書室で頭を抱えていると、隣の席に凛がきた。


 「どう? れんたちは進んでる?」


 「うーん。見ての通り。そっちは?」


 凛をみると、明らかにキャパオーバーと思われる量の資料を抱えていた。


 「お前ばっかりやらされてない? 他のやつら、なにしてんの? 俺が文句いってやろーか?」


 「うーん。なんかみんな用事あるらしい。まぁ、でも、わたしが頑張ればいいから」


 凛はトンボ玉を触っている。


 「ほんと、わたし気にしてないから」


 トラウマは色んな形で人の心に忍び寄る。琴音はきっと『不安感』。凛には『義務感』として、心に刻みつけられてしまっているのだろう。


 凛はたしかに勉強ができるけれど、天才なわけじゃない。人知れず相応の努力をしている。一緒に暮らしている俺には、よく分かるのだ。


 凛がこんなに頑張るのは、亡くなった弟さんのことが関係あるんじゃないかと思う。


 あまり、無理しないといいんだけど。



 だが、その不安は、アドバイザーの段階で、目に見えるかたちで姿を現すのだった。


 

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