第40話 観覧車で。

 

 それって、虐待だよな。


 「それでね。お母さんがいないときに、その男の人がお酒飲むと殴る蹴るするの。ウチに父親の面影があるからイラつくって。でもね、ウチが中学生になって、胸とか大きくなってきてからは、殴られたくなかったらパンツ脱げって……」


 琴音は嗚咽をもらす。

 顔色も悪いし、汗もすごい。


 それって普通に犯罪だし。

 何かあるとは思ったが、ここまでだとは……。



 「琴音。もういい。辛いこと思い出させてごめんな」


 すると、琴音は首を横に振る。


 「レンに聞いて欲しい。誰かに聞いてもらわないと、ずっと前に進めない気がするから」


 「……わかった」


 「……それで、要求がどんどんエスカレートして。断ると、前より殴られるの。何度も殺されそうになって、言うこと聞くしかなかった。ウチの初めては、そんなのでなくなっちゃったんだ。あはは……」


 琴音は、暑そうにシャツの第二ボタンを外した。

 

 「そんな日が続いて、お母さんの男の人が変わってもまた同じことの繰り返し。身体を差し出せば命は奪われないから、いつの間にかそれが当たり前になってた」


 琴音は息苦しそうに、まだ話し続ける。


 「ある日、相手の人にそういうことされてるのが、お母さんにバレた。そしたら、お母さんはウチを責めたんだ。お前が誘ったからだって」


 琴音はハァハァと肩で息をすると、髪の毛を掻きむしった。過呼吸気味だ。

 話をやめさせた方がいいか?


 「ウチ、全部がイヤになって。死のうと思った。でも、死ななくて。入院して退院して、家に帰るのがイヤで、しばらく、家出して男の人の家を渡り歩いてた」


 琴音は両膝を抱えるようにすると、言い淀みながらも続けた。


 「んで、その。あの……お金もらったりも……。あのね。男の人に抱かれてると、どこかで安心する自分がいるんだ。こんな無価値な自分も生きていていいんだって」


 琴音は薄ら笑いしながら、俺の方を見た。


 「はは……、こんな汚らしい女、イヤでしょ?」


 俺は、琴音の話を聞いていて、いつの間にか泣いてたらしい。琴音が俺の頬を拭ってくれる。


 ……俺も片親だったが愛情は注いでもらった。自分はどれだけ恵まれていたのか。同じ年代を、琴音みたいに過ごした子がいるなんて。ショックすぎて何も言えなかった。

 

 俺はただ無言で、琴音を抱きしめた。

 すると、琴音が耳元で囁く。

 

 「でも、こんな話をしたの、レンが初めてだよ。今まで、みっともなくて恥ずかしくて誰にも言えなかった。はじめてなんだ」

 

 琴音の首筋から、いい匂いがする。心がやすまる。俺がクンクンしてるのに琴音は気づいたらしい。


 琴音は、少し恥ずかしそうな顔をすると、両手をさらに広げて俺に抱きついてきた。


 俺は言った。


 「琴音のこと、イヤなわけないだろ。ごめんな。お前のこと全然知らなくて、責めるようなこといって」


 いつのまにか琴音に頭を抱きしめられ、立場が逆転してしまった。


 観覧車をでて、遊園地の出口に向かう。


 琴音の話では、いまは母親に彼氏はいないので、性暴力や虐待を受けることはないらしい。


 警察に相談すれば、とも思ったが、思い出したくないし、母親にも迷惑がかかるから、そのつもりはないとのことだった。


 なんか無力すぎて自分がイヤになる。

 高校生の俺にできることなんて、あるのだろうか。


 とりあえず、琴音には、気持ちのないエッチはしないこと、また何かあったら警察や俺に連絡することを約束させた。


 でも、お金もないと困るよね。

 うちのバイト先に空きがないか、店長に相談してみるか。



 帰り道。

 

 琴音は色々な話をしてくれた。

 虐待を受けているうちに、他の人にマウントをとらないと不安でたまらなくなって、被害者になるくらいなら、加害者になりたいと考えるようになってしまったと。


 きっと、さやかへの態度もこういうのと関係があるのかな。


 別れ際、琴音は俺に手を振った。

 俺は伝えないといけないと思った。


 琴音がリスカするほど追い詰められて、生きるためにした選択。それを、のうのうと生きていた俺が否定できる訳がない。


 「琴音、俺、お前のこと汚れてるとか思ってないから。ほんきで、琴音は可愛いと思うし」

 

 「ありがとう。レンやっぱり優しいね。ウチ、レンのこと好きになってよかったよ」


 琴音と別れ、俺は1人で歩きながら考えていた。


 琴音に対するこの感情は何なのだろう。


 愛情? 同情? 

 哀れみ? 自己満足?


 考えたけれど、分からなかった。

 でも、琴音をどうにか助けたい。これははっきりしている。


 すると、琴音からメッセージがきた。


 「今日はありがとう。ウチ、嬉しかった」


 「なにもできなくてごめん」


 「ううん。ウチの一生はずっとこのままで。誰にも助けてもらえないと思ってたんだ。あの日、レンに助けられて、生まれてはじめて誰かに助けられた気がして、すごく嬉しかった。初めて昔のことを話してもいいのかなって思わせてくれた。それだけで十分」


 俺が返信を打っていると、先に琴音からメッセージがきた。


 「それと、レンが好きな人のこと羨ましいな。やっぱり、ウチ、レンの一番を目指したいな。初恋だし。でも、安心して。ずるい事はしないから」


 そっか。


 前向きになってくれたことは嬉しい。でも、琴音、行動力ありすぎだし。今後のことを考えると、不安しかないんですが。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る