第39話 琴音という女の子。

 

 琴音は背を向けると、駆けてどこかに行こうとする。


 俺はようやく気づいた。

 琴音と話していて、ずっと感じていた違和感。

 琴音は、自己肯定感がとてつもなく低い。


 きっと、自分を、無価値でどうでも良い存在だと思ってる。



 「ちょっと、待てよ」


 俺は琴音の左手首を掴んで、強引にこちらを向かせる。


 琴音は泣いていた。


 そして、なにげなく下を見ると、琴音の手首に不自然な傷があった。色の薄い真っ直ぐな傷。これは、リスカなんじゃ。



 凛、ごめん。

 

 俺はこんなに小さな背中で、肩を震わせて一人ぼっちで泣いているような子を放っておけない。


 「琴音。今日、時間あるか?」


 琴音は涙を拭いながら、答える。


 「うん。あるけど……。もしかして、エッチするの?」


 だめだ、こいつ。闇が深すぎる。

 どんな環境で育ったらこんな考え方になるんだ。


 「んなわけあるかよ。もっと良い女になってから言ってくれ」


 琴音は、飼い主に見放された子犬の様な目で俺を見る。


 「ウチみたいな汚れてる子とするのは……イヤ?」


 「違うって。お前は可愛い。でも、いまはそういうのじゃないだろ。琴音、これから遊びに行くぞ!」

 

 

 琴音はキョトンとしている。



 俺はバイト先に休むと連絡をした。楓が出て、不審そうだったが、とりあえず、店長には伝えてくれるらしい。


 幸い、給料日後でお金はある。

 

 琴音の手を引いて、沿線の遊園地に向かった。


 「れん。どこいくの?」


 「遊園地! 今日はバイトさぼるから、付き合ってくれよ」


 琴音は下唇を噛むと、俯いてしまった。

 そして、ふるふると震えて俺の袖を持つと、頷いた。姫毛から見える耳は真っ赤だった。


 2人で並んで立って電車に乗る。

 俺は右利き、琴音は左利き。


 電車の揺れで、お互いの吊り革のリングが時々、コンコンと当たる。その度に、琴音は幸せそうに笑った。


 この子、どんだけ幸せに飢えているんだ。

 その度に俺は、なんともやるせない気持ちになる。


 ……今日は、楽しもう。

 

 駅を出ると、すぐ目の前に遊園地のゲートがある。琴音はちょっと待ってと言うとトイレに行き、髪の毛を整えてきた。


 出てきた琴音はツインテールだった。


 「せっかくの遊園地だし、気分あがるかなぁって」


 似合いすぎでしょ。

 この子、やはり普通にかわいいのかも知れない。


 俺は琴音と、チケット売り場に並んだ。


 「高校生2枚ください」


 「2人で6,000円です」


 結構するなぁ。

 高校生には痛い金額だ。


 「あっ、ウチも出す」


 琴音も財布を出した。

 俺は見てしまった。琴音の財布には、万札が何枚も入っていた。


 俺の視線に気づくと、琴音は財布を隠した。

 琴音は口ごもる。


 「ウチ…、ウチ……その」


 高一の女の子が大金を稼ぐ手段なんて限られている……よな。


 恥かかせられないか。


 「ん。いいよ。俺が出すよ。バイト代でたばっかりだし」


 琴音は、笑顔になった。


 「うん。……ありがとう」


 それからは、ジェットコースターに乗り、2人でクレープを食べ、メリーゴーランドに乗った。


 ここでの琴音は、いつもの性悪っぷりは皆無で、普通の素直でいい子だ。目にするもの全部に喜んでくれて、小さな子を初めて遊園地に連れてきているような気分になった。


 売店の前を通りがかると、琴音がネコの小さなぬいぐるみの前で止まった。


 「ほしいの?」


 「うん……」


 俺はネコのぬいぐるみを買って渡す。


 「ありがとぅ。ウチ、ずっと大切にする」


 いやいや、それほどのもんじゃないし。


 もうすぐ閉園時間だ。

 最後に観覧車にのろうか。


 風が強いからか、観覧車はグラグラしていて少し酔いそうになる。天辺までいくと、普段の街並みが宝石のように輝いて見えた。


 琴音は、ネコのぬいぐるみを抱きしめて、明かりが写り込んでキラキラした瞳で景色を見つめている。


 琴音が俺の隣に座ってきた。

 

 「今日はありがとう。ウチ、こういうとこあまり来たことなくて、すごく幸せだったよ」


 そして、俺にもたれかかるようにくっついてくる。


 「ほんと幸せ。今日、死んでもいいくらい……」


 一瞬、琴音と目が合う。すると、琴音はスカートを上げると、足を開いた。


 「おまえ、なにして……」


 琴音は俺の右手首をもって、自分の下半身の方に持って行こうとする。


 「いいよ。触って。女の子のココ、興味あるでしょ? ウチ、これくらいしかお礼できないし」


 ……やっぱ、この子はズレている。


 そりゃあ、こんな可愛い子が誘ってくれてるんだ。興味がないといえば、嘘になるけれど。


 ここでするのは、違いすぎる。

 そんなことのためにここに来たわけじゃない。


 そもそも、凛も怖いし。


 俺は、琴音の手を振り払った。


 「おまえな。そういうのやめろって。今度、そういう誘い方したら絶交するぞ」


 俺が大声を出したからか、琴音はビクッとした。


 「ごめんなさい、ごめんなさい」


 琴音は泣き始めてしまった。

 肩を震わせて、怯えている。


 「ごめん、俺の言い方も悪かった」


 すると、琴音が話し出した。


 「あのね、ウチの家って複雑で……」


 「それって、俺が聞いていいことなのか?」


 「うん。レンに聞いて欲しい。嫌われちゃうかもだけど」


 

 

 琴音は少し黙って、何かの意を決した様な表情になると話はじめた。


 「あのね。ウチの家。ウチが小さい時から、お母さんと2人なんだけど、頻繁にお母さんの相手の男の人が変わってね。それで、いつも叩かれたりしてたんだ」

 

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