破の章

第31話 校外学習。


 旅行気分が抜けやらぬ月曜日の朝。

 担任から突然の発表があった。


 「明後日の校外学習の班決めするぞ!!」


 年間スケジュールには入ってたのに、まったく認識していなかった。校外学習の内容は高尾山登山だ。親睦をかねた行事で深雪高の伝統の行事らしい。


 班は4人グループで、メンバーは自由に決めていいということだ。


 どうしようかな。


 すると、成瀬が声をかけてきた。

 「神木、一緒に組もうぜ」


 俺は、いつもつるんでいる成瀬、加藤、さやかと組むことにした。


 凛のことが気になる。でも、あいつの周りには、いつも人が集まってるし大丈夫だろう。すると、今日に限って凛の周りには人がいなくて、凛は1人で座っていた。


 高一といっても、夏休み前には大体のグループはできてしまっている。後からだと、なかなか入り込めないのかも知れない。


 人間関係は、凛自身で作るべきだし口出しはしたくないが、凛がひとりぼっちでいるのを見ていられない。

 

 

 ……1人にさせるくらいなら、俺の代わりにこの班に入ってもらうか。


 凛に話しかけようとすると、先に女子3人組が凛に声をかけた。凛は頷いている。その3人とは入学早々、さやか絡みでモメたことがあり、正直、クラスの中でも、あまりいい印象のない3人だった。でも、あくまで俺の印象だしな。



 学校が終わって、凛と一緒に帰る。


 凛は後ろ手にカバンを持って、こっちを振り返るとニコニコした。


 「わたし、高尾山って初めてだから、楽しみ♪」


 なんだか、その顔が少し寂しそうに見えた。




 課外授業当日、渋滞でバスが予定より大幅に遅れてしまい、現地に着くのが、昼過ぎになってしまった。


 高尾山口でバスから降りると、担任から注意事項を伝えられる。今日は到着が大幅におくれたため、帰りの集合時間に余裕がないことだった。


 「帰りはこの場所に夕方6時の集合だ。待ち合わせに間に合わなそうな者は、ケーブルカーを利用すること。高尾といっても暗くなると危ない。絶対に遅れないように。いいな?」


 「はーい」


 クラス面々からやる気のない返事があがる。みんな、そんなことよりも、早く出発したいらしい。


 中には一号路を歩いて自力登山する猛者もいるが、大体の生徒は、時間と体力のことも考え、ケーブルカーを利用するようだ。俺たちもケーブルカー乗り場を目指すが、成瀬と加藤は2人でどんどん先に行ってしまい、気づいたら2人の姿は見えなくなっていた。


 せっかくの高尾山だし、おれとさやかは、商店街を見物しつつケーブルカー乗り場を目指すことにした。



 さやかは、身体の後ろで手を組んで俺の横を歩いている。胸を張っているせいか、バストが強調されている。


 『こいつ、こんなに胸あったっけ?』


 凛より少し小さいくらい。でも、標準女子よりは大きいと思う。


 ショートカットはサラサラで、汗ばんでジャージのインナーが少しだけ透け、紫のブラが薄らみえている。普段は意識していないが、こうしてよく見ると、やはり整った顔立ちをしている。俺なんかとは不釣り合いな可愛い子だと思う。


 この前、道場裏でのアレは、なんだったんだろう。まぁ、あのあとの凛が大変すぎて、軽いトラウマだけど。


 そんなことを考えていると、周りに人影がなくなった。すると、さやかは俺と並ぶように歩き、手を繋いできた。


 「ねぇ。レン。わたしレンといると、ドキドキするよ。ね、ほら?」


 そう言って俺の手を胸元に当てる。


 さやかの胸は柔らかくて、あたたかくて、否応なしに、さやかが女の子だと意識させられてしまう。



 俺は咄嗟に手を引こうとした。すると、親指のあたりが、さやかの胸の突起に触れた。


 すると、さやかが、今までより半音くらい高い声を出した。


 「あっ……」


 こ、これ、もしかして乳首か?

 少し硬くて、ブラの上からでも分かった。

 

 「さやか、ちょっと変な声だすなよ!」


 生まれて初めて女子の乳首に触ってしまった……。


 さやかは頬をピンクに染めて、でも、ちょっとだけ拗ねたような顔をする。


 「だって。勝手に出ちゃったんだもん」


 童貞男子にこれは辛い。


 自分でも下半身にギューっと血液が集まるのがわかる。さやかに性欲を感じてしまっている。幼なじみ相手にこれって、なんだか自分で自分がイヤになるな。


 だが、さやかは許してくれない。


 俺に擦り寄ってくると、少しだけ背伸びして俺の胸の辺りにもたれかかってくる。さやかは頬を膨らませて、俺を覗き込むように見上げた。


 「凛ちゃんもいいけど、少しはわたしのことも構ってよ……」


 って、凛そのへんにいないよな?

 俺は前回のトラウマでキョロキョロしてしまう。


 よかった。

 凛はいないようだ。


 あいつ、さっきから見かけないけど、どこにいるんだろう。それはそれで心配だ。


 さやかは、俺が上の空だと思ったらしく、さらに頬を膨らませ、俺の横腹をつねってきた。


 「ちょっと、他の子のこと考えたでしょ?」


 それにしても、さやか。なんなんだ?

 俺をからかってるのか?


 前のおじさんから助けた件があるし、恩義を感じているんだろうけど、自慢じゃないが、顔も頭も並の俺には、一方的に異性に好かれる要素がない。


 それに、さやかは男性が怖いと言っていた。


 だから、消去法的に、こういう結論になるのだ。さやかのあれこれには、きっと深い意味はない。


 なので、良くないと思う。

 さやかは、自分の可愛さを分かってない。こんなことしたら、他のやつなら勘違いするぞ。


 注意しとくか。


 「なぁ、さやか。お前、自分がカワイイって自覚持った方がいいぞ。そういう思わせぶりな……」


 すると、さやかは俺に言葉を被せてきた。


 「れん。わたしのこと可愛いと思うの? やったぁ。嬉しい!!」


 「いや、話は最後まで聞けよ……」


 さやかは、まったく聞く耳を持ってくれず、俺の手を引くと、足早になった。


 「はやく、みんなと合流しよっ」


 

 ケーブルカー乗り場につき乗り込む。すると、ケーブルカーは傾斜に合わせた形状になっていて、車内もだんだん畑のように段差がついている。


 座席は……、埋まっているみたいだ。

 ってか、成瀬と加藤はちゃっかり座ってるし。


 仕方ないので、俺とさやかは立って乗ることにした。すると、隣にいた中年男性のグループが、グイグイと身体をさやかに押し付けてくる。


 そして、オジサン達が、さやかの方を見てひそひそ話をしている。


 「ね。あの子、見てみろよ。かわいー」



 人口過密なので仕方ないのかもしれないが、さやかに聞こえる様に言うのは、やめて欲しい。ちょうど、昔、さやかに迫ったオジサンくらいの年代の男性だ。


 さやかは無言で俯いてしまった。

 きっと、怖いのだろう。


 俺は右手を壁につけ、さやかをオジサンから庇う様に割って入った。


 「さやか、大丈夫か?」


 さやかは俯いたまま答える。


 「大丈夫じゃない……かも」


 「わるい。もう少しだけ我慢してくれ」


 後ろの男性客がどんどんこっちにきて、背中が前に押される。気づけば、さやかの顔が目の前に来ていた。


 さやかは顔を上げ俺の方を向いた。すると、髪の毛がなびき、汗ばんだ首元から、凛とはまた違う甘い良い匂いがした。


 さやかの唇の皺のひとつひとつまで、はっきり見える。さやかが息をするたびに、ミントの清浄な香りが漂い、車内のこもった空気がきれいになっていく気がした。


 さやかは少しだけ視線をそらすと、小声でいった。


 「わたしをずっと。……凛ちゃんの次でもいいから。わたしをずっと守ってよ。レン……」


 さやかは、最近、すごく凛を気にかけてくれている。俺が頼んだというのもあるが、きっと頼まなくても凛に優しくしてくれただろう。


 こんなこと、本人には照れ臭くて言えない。でも、ほんとに、さやかは優しくていい子なんだなと思う。


 だから、俺の中で、さやかの株が上がっていて、たまに幼なじみじゃなくて、可愛いひとりの女の子に見えてしまうのだ。

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