第29話 夜伽。


 お風呂の後は夕食だ。

 夕食は、母屋とは別の料亭棟で振る舞われる。


 まずは乾杯をした。

 親父と雫さんはビール、俺と凛はジンジャーエールで乾杯だ。


 次々と料理が運ばれてくる。

 コースになっていて、先付けからはじまり、造り、焼物、煮物と続く、本格的な内容だった。


 凛は頬を押さえてニコニコしながら食べている。

 本当に美味しそうだ。凛の笑顔をみると、俺も幸せになる。


 デザートは、ケーキと凍らせたフルーツと盛り合わせだった。氷菓と書いてあったから、軽いかと思ったんだけれど。

 

 お腹がはち切れそうなほど、満腹になってしまった。


 食事処をでて売店に寄った。すると、親父は、これでもかというくらいお酒を買い込んでいた。これからどんだけ飲むつもりなんだ。あの2人は。


 その様子を面白がりながら、俺たちは自分の部屋に戻る。


 すると、なんと。

 布団がくっついて敷かれていた。


 これって、カップル用の敷き方だよね?


 これはさすがにまずいか。


 「ごめん、ちょっと布団離すわ」


 すると、凛がおれの手首を掴んだ。


 「せっかく、仲居さんが敷いてくれたんだから、このままでいい」

 

 そ、そうか。

 俺はそそくさと布団に入る。

 すると、凛も隣の布団に入った。


 凛と並んで寝るのは初めてだ。


 いつも同じ家の数メートルの距離で寝てるのに、壁が一枚ないだけでこんなに違うのか。


 無言で、秒針の音だけが部屋に響く。


 「凛。おきてる?」


 返事がなかった。 

 すーすーと寝息が聞こえてくる。


 朝から早起きしておにぎり作ってくれたし、疲れてるよな。俺は、少し残念なような安心したような気持ちで、眠りについた。


 ……。

 

 「れんくん、起きてる?」


 凛の声が聞こえる。

 もう朝かな?


 「寝てるよね? 起きてないよね?」


 謎の念押しをされる。

 ちょっと、起きてますとは言いにくい雰囲気なので、寝たふりをすることにした。


 すると、なんと、凛が俺の布団に入ってきた。少しすると、俺の首や脇のあたりをスンスンと嗅ぎはじめた。


 「れんくんの匂い……」


 そして、なんかもぞもぞしている。


 「れんくん、……おきてますか?」


 いまさら起きてるとか言えないし。

 しばらくすると、凛の声が聞こえてきた。


 舌ったらずな、甘えた声だ。


 「んっ……ん。……ん」


 これって、絶対にしてるよね?

 でも、目を開けたりしたら、逆ギレされて話してくれなくなったり、殴る蹴るの暴行をうけそうだ。


 そのうち、凛は盛り上がってきたみたいで、俺の手を握ってくる。そして5分ほどたったころ。俺の腕にしがみついてきた。


 「……あっ! れんくん…すきぃ……」


 と言って静かになった。

 俺の腕に抱きついて、そのまま寝てしまったらしい。


 んー。

 たぶん、凛。下半身裸だよね?


 右手をちょっと凛の方に動かせば、半裸の凛がいる。そう思うと、まったく寝れなくなった。


 でも、元聖ティアの聖女が、実はこんなエッチで甘えん坊だなんて、俺だけが知ってる秘密だよな。そう思うと、少し嬉しいかもしれない。


 


 雀が鳴く頃。


 凛は元気に起き出した。

 窓をあけて「やっぱり、空気が美味しいと目覚めがいいよねー」なんて言っている。


 こっちは、お前のせいで一睡もできてないんですが?


 それにしても昨日の最後の好きは、きっと興奮してただけだし、ノーカンだよね。

 

 旅館をチェックアウトして、帰りに景色のいい岬に立ち寄った。


 爪木岬という場所で、高台から青い海が一望できる。長い歩道を歩いて灯台にたどり着くと、青く透明な海が、視界いっぱいに広かった。


 関東近県でこんなに海が綺麗なのは少し驚きだった。


 そして、海に続く崖の端で、親父と雫さんは花を手向けた。目を閉じて、2人は祈りを捧げている。なんとなく、俺と凛も同じ様にした。


 帰り道、親父が教えてくれた。


 「爪木岬は、母さんとよく行った場所でな。伊豆に行くってなったときに、雫さんが行きたいって」


 雫さんが前のめりになって、運転席の横から顔を出す。


 「だって、素敵な場所だったし。わたしに気を遣って、蓮くんを両親の思い出の場所に連れていけないのは、少し違うかなってね」


 なるほど。そういう考え方もあるのか。

 実は俺のために立ち寄ってくれたってことかな。


 雫さんは続ける。

 なんだか、ニヤニヤしてるぞ。


 「そういえば、2人とも。昨日の夜は変なことしてないでしょーね?」


 俺は即答した。


 「してませんよ。そもそも昨日は一睡もできてませんし……」


 凛が口を押さえる。


 「えっ。蓮くん。……起きてたの?」


 「いや、起きてないし。途中、20分間くらいだけ寝たし」


 親父がいう。


 「なんだ、昨日、凛ちゃんも起きてたのか?」


 「いえ。起きてないです……」


 イテテ。

 凛がシートの横から、脇腹を本気でつねってきた。


 そして、すぐにスマホにメッセージがきた。


 「恥ずかしくて、死にたい……」


 俺は返信した。


 「いや、布団に入ってきたのとか、腕に抱きついてきたのとか、なんかビクビクしてたのとか。全然覚えてないし」


 「それって、全部、覚えてるってことじゃん。もうイヤだぁ」


 後ろを振り返ると、凛は俯いて膝の上に両手を揃えて座っていた。


 さすがに昨日のは不可抗力だと思うんだけど。



 でも、4人でいく旅行。楽しかったなぁ。

 いずれ、凛と2人でも行きたいけれど、いまは4人の旅行も同じくらい好きかも知れない。


 

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