第23話 夢見の発熱。

 

 不思議な夢を見た。


 夕暮れ時の公園。

 俺はまだ子供で、知らない子と遊んでいる。


 顔立ちの整った、賢そうな男の子。

 その子が俺の方を向いていうのだ。


 「キレイなビー玉みつけたよ。これ、僕たちの宝物にしようよ……」


 夢の中の俺は思った。


 『あぁ、これは夢か』



 ……雫さんと話したからかな。

 

 昨日の話。

 凛はしっかりしてるから、きっとその分、辛い経験もしてるんだろうなとは思ってたけれど、思ってた以上だった。


 でも、あんなに頑張ってて。

 凛のことを考えると、胸が苦しくなる。


 って、なんだか寒気がするぞ。

 体調悪いかも。今日のバイトは厳しそうだな。


 今日が日曜日で良かった。

 俺はバイト先に連絡して、今日は休みますと伝えた。


 すると、案の定、熱が出てきた。

 俺はベッドに入ってテレビを見ている。


 なんだか、色々うまくいかなくて、モヤモヤする。それになんか欲求不満だ。こういうのって、病気の時の生存本能なんだろうか。


 『……暇だし、1人でしよかな』


 あーあ。凛のパンツがあればなぁ。


 下半身裸で毛布にくるまったところで、ニュースで速報が流れた。


 電車で通り魔が出たらしい。車内でナイフを振り回してる男がいて、負傷者多数。パトカーや救急車が集まって、現場は騒然としているようだ。


 って、あれってバイト行く時に乗ってる電車だよ。時間的にも、今日バイトに行ってたら巻き込まれていたんじゃ。ヤバかった。


 すると、隣の部屋の凛も同じテレビをみていたらしい。


 凛の声が聞こえた。


 「れんくん、れんくん乗ってるかも……」


 相当に狼狽えている様子だ。

 バタバタと何やらクローゼットを開ける音がする。そして、凛の部屋のドアが開いた。


 やばい。

 あいつ、俺がバイト休んでるの知らないし、この部屋に入ってくるんじゃ。


 今からズボンを履いても間に合わない。


 俺は咄嗟にベッドを飛び出し、ドアを押さえようとする。凛より先にドアを制圧せねば。


 あと1メートル。

 あと50センチ……。


 あと数センチのところで、ドアが開いた。いや、開いてしまった。


 ドアの向こうには、凛がいた。

 凛はすごい勢いで部屋に入ってきた。


 「れんくん! れんくん!! ……よかった。部屋にいた……」


 安堵した凛は、すすーっと視線を俺の下半身に移動した。


 凛は、数秒、俺の下半身を凝視した後、顔が真っ赤になり、鼻からツーっと鼻血を出した。


 そして。


 「変態!! へんたい!! なんてものみせるの!! もうやだ!!」


 そう言って身体を翻し、走って部屋を出て行こうとする。 


 やばい。いまの2人の状態で、これはマズイ。絶対、許してもらえない気がする。逃したらアウトだ。本気で凛と終わってしまう。


 だから、俺はなりふり構わずに、凛の手首をつかむ。


 「なにすんのよっ」


 声を荒げて振り返る凛を抱きしめた。もしかしたら、これが最後のチャンスかもしれない。カッコつけずに本心を言うんだ。


 凛はおれを振り解こうと暴れる。

 だけれど、俺はそれより強く凛を抱きしめた。


 「凛。俺には凛だけだ。お前が一番大切だし、絶対、俺は凛の前からいなくなったりしないから」


 すると、凛の身体から力が抜ける。

 凛は俯いて、俺の腕に手をかけた。

 

 「……ほんと? 他の子を好きになったりしない?」


 「あぁ。凛だけだ」


 「わたしを1人ぼっちにしない……?」


 「あぁ。約束する」


 すると、凛も俺を抱きしめてきた。

 凛は泣きはじめた。今まで溜め込んだものが、一気に出たのであろう。


 凛が涙をいっぱいためた目で、俺を見上げる。そして、俺の首元に頭を押し付けるようにして言った。


 「わたしにも……キスして。安心させて」


 凛は、背伸びをするようにして、俺の唇に彼女の唇を重ねようとする。


 『俺のファーストキスは、自室で下半身出したままか』


 そんなことを思っていると、凛が「あれ?」と言った。


 「なにこれ?」


 凛の綺麗で細い指先が、俺の大切な部分に当たっている。ちょっと、こそばゆい感じがした。


 次の瞬間。凛は、今なにが起きているのかを理解したらしい。凛の顔色が変わる。


 「ちょっと、まて。凛。話せばわかる」


 俺の必死の弁解も虚しく、コンマ5秒後には、特大のビンタが飛んできた。俺は叩かれた左頬を押さえて、正座を崩したような体勢で倒れ込んだ。


 「ばかっ。ばかぁ!! 触っちゃったじゃん。うぅ。まだキスもしてないのに触っちゃった……。もう、れんくんなんて知らない!!」


 すると、親父と雫さんが駆け上がってきた。


 「おい! れん! すごい音がしたけど、大丈夫か?!」



 親父は部屋の中の惨状をゆるりと見回す。そして、言った。


 「れん。お前、尻だして何してんの? おまえ。まさか……」


 雫さんは口を手で押さえている。


 「あらあら。そういうのは、もっと大人になってからね?」


 ナヨナヨと尻を出して倒れ込んでいる俺と、激怒している凛。凛と雫さんに俺の失態を謝る親父。ニコニコしている雫さん。


 俺の部屋に、ささやかな4人の時間が訪れたのだった。



 それからのことは思い出したくもない。

 数日間は、凛と親父に白い目で見られた。


 ただ、その日の夜。

 凛から電話がかかってきた。


 隣の部屋にいるのに電話って。なんか付き合いはじめのカップルみたいで新鮮だな。


 そう思いながら、電話に出る。

 凛の声だ。


 「もしもし。ヘンタイさんですか?」


 あーら。まだ怒っていらっしゃる。


 凛は続ける。


 「……でも、ありがとう。わたしもごめんね。さやかちゃんにレン君がとられちゃうと思ったら、感情が溢れて、あんなイヤな態度になっちゃった」


 「俺こそ、へんなもん見せてごめん」


 「ほんとだよ。そのかわり、一つお願い聞いてくれる?」


 「俺にできることなら」


 「れんくんにしか出来ないことだよ。来週の日曜に、1日だけ、わたしの彼氏になってくれないかな?」


 

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