第20話 さやかの部活動。
家に帰ると、凛が話しかけてきた。
俺の目を覗き込むようにして、ニコッとする。
「ねぇ。びっくりした?」
「あぁ」
「やった。れんくん驚かせようとして、内緒にしてた甲斐があったよ」
いやいや。そんなサプライズいらんから。
ってことは、親父もグルか。
「それにしても、聖ティアと深高じゃ、全然レベル違うし。良かったのか?」
「聖ティアは遠いし、……私立だしね」
え。こいつ。
経済的な負担を考えて転校したの?
「いやいや、そんな気を遣わなくていいと思うぞ? うち共働きだし」
と、自分は働いてもいないくせに言ってみる。
「でも……。それにれんくんと同じ学校がよかった。本心だよ?」
こんな可愛い子に、そんな事を言われたら悪い気はしないけれど。もしかして、聖ティアで何かあったのかな?
気にはなるが、本人も言いたい話ではないだろうし、あまり立ち入るものでもないか。
次の日。
相変わらず凛は、女子やら男子やらに取り囲まれている。ちょっとしたアイドルみたいだな。でも、ニコニコしてうまくやれてるみたいだ。
心配のしすぎだったかな。
その日の放課後。
さやかに呼ばれて弓道部の道場にいく。
すると、さやかは射場にいた。
白の弓道着に黒い袴を履いている。
的を真剣な眼差しで見つめながら、弓を構えて両手で引き分けている。やがて、弦を持つ右手と弓を持つ左手が同じ高さになり、さやかの心身が一つになると矢を放った。
その様子は凛々しくて、俺はつい見とれてしまった。
さやかはこちらに気づいて、駆け寄ってきた。
「れん。もうご飯はたべた? 今日、お弁当作りすぎちゃって。よかったら食べるの手伝ってくれない?」
「それは構わないけれど、そんな用事だったの?」
さやかが制服に着替えると、道場裏のベンチにならんで座る。さやかは、2人の間に、重箱に入ったお弁当をひろげてくれた。
玉子焼き、鰆の西京漬け、さといもの煮物、昆布巻きといった手間のかかったおかずが並ぶ。
「すげーな。これ。さやか、お前、料理上手だったんだな」
さやかは頬を染めて、少しだけ俯いて気恥ずかしそうな顔をする。
「……口に合うといいんだけど」
俺はひとくち食べた。
おいしい。いくらでも食べられそう。
こいつの旦那さんになる人は幸せだなと思った。
「お前と結婚できるやつはラッキーだな」
「……ん以外に考えられない」
えっ。小声で聞き取れなかった。
さやかは座ったまま足をブラブラさせた。
そして、言葉を続けた。
「れん。中2の時のこと覚えてる?」
「なに? わからないや」
さやかは少し寂しそうな顔をした。
「そっか。でも、れんらしいね。わたし、小さな時にね。おじさんに怖い目に合わされたことがあって。男の人が怖くなっちゃったんだ」
さやかは続ける。
「そして、中2の夏。塾の帰りに、おじさんに声をかけられて、わたし身体が固まっちゃって何もできなくて。涙が沢山でてきて。そうしたら、れんが助けてくれたんだよ。わたしの前に立ち塞がってくれて。『いやがってるじゃないですか』って」
そういえば、そんなこともあったな。たしか、その頃からだ。さやかと仲良くなったのは。
「そうだっけ」
「わたしにとっては、一生、忘れられない出来事。あの日から、れんはわたしのヒーローなんだよ。だから……」
さやかは箸をその場に落とした。
俺が拾おうと前屈みになると、俺の胸に頭を押し付けてきた。そして、潤んだ瞳で俺を見上げてくる。
『……こいつ、こんなに可愛かったっけ』
さやかはそのまま唇を近づけてきた。俺もその唇に吸い寄せられそうになる。視界の全部がさやかになって、頬骨のあたりに、さやかの温かさが感じられるほど近づいた時。
脳裏に、凛の顔が浮かんだ。
「ごめん。ここでしないとか、男としてダメだと思う。でも……」
俺はさやかの両肩を持って、顔を遠ざけた。
(どさっ)
その時、何かが落ちる音がした。
音の方を向くと、カバンが地面に落ちた音だった。
……そこには、凛が立ち尽くしていた。
目に涙をたくさんためて、口元をぎゅっと結んで。悲しそうな顔で、こちらを見ていた。
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