第18話 新学期。
正直、あと30分は家にいたかったのだが、さやかがインターフォンを連打するので、仕方なく家を出た。
さやかは、勝手に迎えに来たくせに、待たされたと不貞腐れている。
深高の制服も久しぶりだなぁ。
そういえば、今朝は俺が起きたら、既に凛はいなくて。朝の挨拶ができなかった。
凛の制服姿を楽しみにしてたんだけど、残念だ。
さて、俺の目の前にいる他称美少女は、カバンを元気にぶんぶん振り回している。
誰かに当たったら危ないので、やめて欲しい。
さやかとは、幼馴染といってもずっと仲が良かったわけではない。小〜中2まではただの顔見知りレベルだった。
なので、もちろん、子供の時に一緒にお風呂に入っただの、小さい時にお嫁さんにするって約束した〜だのという幼馴染イベントはない。
そう。友達ライクな幼馴染なのだ。
「…れーん、れん!! 聞いてるー?」
しまった。歩きながら夢の世界の中にいた。
無理に起こされたから……。
さやかは頬をリスのように膨らませている。
深高はうちからは近く、電車で数駅の距離にある。なので、ギリギリででても、案外なんとか間に合う。
今日は無駄に早くついてしまいそうだが。
吊り革につかまって電車にゆれながら、さやかが夏休みの俺のプライベートについて、あれこれ聞いてくる。
「そういえば、蓮のお父さん再婚したの?」
「あぁ。姉貴ができた」
姉貴。いい響きだ。
なんとなく言ってみたかった。
さやかは興味津々らしい。
その小さい身長で俺を見上げながら、根掘り葉掘り聞いてくる。
「おねえさん。どんな人?」
「ん? しっかりしてて良い子だよ。見た目は、まぁ、美人かな」
「……」
「ん? どうかしたか?」
「良い子って。年近いんだね」
「一つ上だよ」
「好きになったりしないの?」
「いやぁ、どうだろうな。わからん」
【姉貴ができました。→ 好きになりました】
とか、仮にそうでも、痛々しくて言えない。正直、自分でもよく分からないし。大切な存在ではあるけれど。
ん?
さやかが俯いて、口を一の字に結んでいる。
「どした? 腹でもいたいの?」
さやかは笑顔になった。
「なんでもない!!」
そうこうしているうちに高校についた。
校門の前には教員がいて、一人一人に挨拶をしてくれる。普段だと朝練の連中でワイワイしてるのだが、今日はさすがにそんな雰囲気ではない。
学校の匂いって独特だよな。
木の据えたっていうか。
教室に入る。
すると、既にクラスの連中の半分くらいは来ていた。
みんなって、こんなに早く来てるのか、とちょっとびっくりする。
「おはよー」
成瀬に加藤。いつも俺がつるんでいるメンバーだ。
成瀬は、腐女子姉貴の弟だ。
加藤は、良いやつだ。
加藤はルックスがよくモテるのだが、女性に興味が薄い。まぁ、恵まれた奴の余裕っていうやつだろう。
無駄にガツガツしてる成瀬とは対照的だな。
ちなみに、さやかも同じクラスだ。
成瀬が朝から妙にテンション高い。
「神木ぃ。さっき職員室で聞いたんだけどさ。今日、転校生くるらしいぜ?」
お前の情報欲ハンパないな。
始業式の前に職員室にいくとか、心理が理解できんよ。
俺なら、先生に会うのは1秒でも遅くしたいが。
「へぇ。この時期って珍しくないか?」
成瀬は絶好調な様子でつづける。
「それがさ。関東屈指のお嬢様学校にいた子で、見かけたやつから聞いたんだけど、超可愛いらしいぜ?」
へぇ。
まぁ、可愛いクラスメイトが増えるなら、いいことか。
いつものメンバーで、お互いの無事を喜びあっていると、担任が入ってきた。
「えー、お前ら。夏休みは勉強しただろうな? 始業式の前にお前らに連絡事項がある」
連絡事項か。
俺は筆記用具を出して、ペンをくるくる回す。
「実は、今日から転校生がくる」
クラスがどよめく。
先生は続けた。
「かわいい女子だぞー? 野郎ども。おめでとう!!」
女子は落胆し、男子は大盛り上がりだ。
「神木。入ってこい。自己紹介できるか?」
えっ?
神木?
カタン。
俺は回していたペンを落とした。
先生に促されて、見慣れた顔の美少女が入ってきた。
「わたし、神木 凛といいます。今日、深雪高校に転校してきました。よろしくお願いします」
男どもは、美しい転校生に拍手喝采の狂喜乱舞だ。
凛はお辞儀をすると、俺に気づいたらしい。
照れくさそうにこっちに手を振る。
そして、凛の視線を追いかけて、男子たちの敵意が俺に集まるのをひしひしと感じた。
ってか、お前。
一つ年上じゃないの? なんで?
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