第17話 一条 彩。


 俺たちは、雫さんのお迎えで羽田空港まで来ている。飛行機に縁がない俺には分からないが、ここ第3ターミナルは主に国際便が発着する場所らしい。


 って、雫さんって海外にいたの?

 日本のどこかの被災地にいるのかと思ってた……。


 夕焼に照らされた飛行機がオレンジ色にみえる。俺は、外を眺めながら凛に言った。


 「さっきは母さんのこと、ありがとう」


 凛はううん、と首を振る。

 俺は続ける。


 「そういえば、凛のお母さんのことなんて呼べばいいかな?」


 「うーん、名前でいいんじゃない? お母さんだと気を遣われそうだし、おばさんだと怒りそう」


 義母さんかぁ。

 凛を育てたんだから、変な人じゃないだろうけど。

 

 なんだかちょっとドキドキするな。


 すると、到着ロビーにアナウンスが流れ飛行機の到着が告げられた。


 しばらく3人で待っていると、凛が「あっ!」と言った。その視線の先には、アロハを着た派手な女性がいる。


 その女性は、凛のことも親父のことも素通りして、俺の前に来た。


 「あなたがレンくん?」


 俺は頷く。どうしよう。

 なんか叱られるのかな。俺がビクビクしていると。


 雫さんは俺に抱きついた。


 「会いたかったよー!」


 えっ。


 「凛が珍しく男の子のことを褒めるから、どんな子なのかなーって」


 凛が真っ赤になる。


 「ちょっと、やめてよ。そんなことないし」


 雫さんは、凛の横腹をつつく。

 そして、そのまま親父のところにいくと、抱きついた。


 親父は嬉しそうだ。

 俺に改めて雫さんを紹介してくれる。

 

 雫さんは、まだどんな人かは分からないけれど、明るくて陽気で。凛とはまた違う雰囲気だ。


 なんだか燦々と輝く太陽みたいな人だなって思った。


 帰りの車では、凛と俺は、お土産で得体の知れない木彫りの人形をもらい、土産話をきかせてもらった。雫さんは医師で、海外の被災地にある非営利団体の病院で働いていたらしい。


 医療関係とは聞いていたが、まさか医師とは。服の雰囲気と合わなすぎる。


 帰りに雫さんの歓迎会をしようということになった。


 ホテルビュッフェだ。

 洋食メインで、シェフの人がローストビーフを切り分けてくれる。サラダやデザートも充実している。


 どれもこれも美味しそうだ。

 夕食を食べながら4人でワイワイと話す。


 雫さんは気さくな人で、親父のことを気に入ってくれて俺も嬉しい。だけど、楽しいほど、どこかで母さんを除け者にしているような息苦しさを感じてしまう。


 これは俺の独りよがりで、雫さんは何も悪くないのに。


 すると、凛が俺の様子に気づいたらしい。

 落ち込んでると思ったのかな。


 コソコソ話をしてくる。


 「れんくん。パンツいま欲しい? トイレで脱いできてあげよっか? そしたら元気でる?」


 「えっ?」


 凛はニコッとする。


 「嘘に決まってるじゃん。へんたーい。ね。一緒にデザートをとりにいこっ!!」


 その様子をみた親父と雫さんは、目を細めて安心したような顔をしている。

 

 デザートコーナーにいくと、凛が俺の分も取ってくれた。大きめのプレートにケーキやアイスを乗せてくれて、生クリームを添える。


 そして、真ん中に大きくチョコシロップで「♡(ハートマーク)」を描いてくれた。


 どういう意味だろ。


 「これって?」


 聞こうと思ったら、凛はすでにいなかった。夢中で自分のデザートを物色している。 


 仕方ないので席に戻った。


 すると、親父と雫さんが俺の皿を凝視している。


 親父が口を開いた。


 「お、おまえ。自分のデザートにハートマーク描いてるけど、大丈夫か? 何か辛いことでもあるのか?」


 「いや、これは……」


 雫さんが言った。


 「あの子、れんくんを受け入れてくれたみたいね。よかった。れんちゃんのことがあるから、ちょっと心配だったのよ」


 え。れんちゃん?

 俺の聞き間違えかな。


 すると、凛が戻ってきた。お皿に乗り切らないくらいにデザートを満載している。


 「え? なになに? わたしの話?」

 凛が聞く。


 すると、雫さんはちゃかすように答えた。


 「そうだよ。凛ちゃんが蓮君を好きだって話」


 「ちょっと、そんなこと……ないし。本人がいるんだから、そういう話はやめてよ!!」


 雫さんは、凛の手首のとんぼ玉を見つめている。そして、うんうん、と頷いた。


 

 それからは家に帰り、雫さんに家の案内をする。すると「ひろーい」と喜んでいた。


 雫さんの部屋に案内しようとすると、先に仏間に行きたいというので案内した。俺は部屋の外にいたのだが、中の音が聞こえた。


 鈴の音とお線香の匂いがする。

 そして、ぶつぶつと呟く声がする。


 「まいさん……ます。ふたり……とうございます。……お願いします」


 マイは俺の母さんの名前だ。

 雫さんは、仏間から出てきて俺の肩を叩いた。


 「無理にお母さんっていう必要ないからね、わたしのことは雫おねーちゃ……いや、雫さんと呼んでね」


 敬称を俺に委ねないのは優しさだろう。

 なんか一瞬「お姉さん」というワードが耳に入った気はするが。


 でも、正直、凛と歳の離れた姉妹でも通用くるくらいの美貌ではある。こんな綺麗なお医者さんを、親父はどーやって口説いたんだろう。


 気遣いがあって明るく優しい。ちょっと凛とタイプは違うけれど、やはり凛のお母さんだな、と思った。


 

 少し慣れるのには時間がかかるかも知れないけれど、ちょっとずつでも仲良くなれると嬉しい。


 さて、雫さんと凛には積もる話もあるだろう。


 俺は自分の部屋に戻って、新学期の準備をすることにした。さぁ、週明けからはまた学校だ。




 月曜日の朝。


 久しぶりの学校だ。今年の夏休みは色々なことがありすぎて、またいつも通りの生活に戻るのかと思うと、少し不思議な感じがする。


 っていっても、今日は始業式や掃除くらいで午前中で終わるのだが。


 凛と雫さんは学校関係の手続きがあるとかで、早くに出て行った。聖ティアはウチからは1時間以上かかる。遠い学校だと大変だよな。


 親父は仕事でいない。

 俺はゆーっくりと学校に行こうとダラダラしているとインターフォンがなった。



 モニターを見ると1人の少女が立っていた。


 ドアをあける。


 「さやか。久しぶり。ってどうしたの?」


 少女は頬を膨らませる。


 「れん、夏休みの間、全然連絡くれないし。昨日も、明日一緒に行こうっていったのに返事くれないからきたんじゃん」


 あぁ。返事してなかったっけ。昨日は雫さんが来たりで、すっかり忘れてたわ。



 彼女の名前は、一条 さやか


 身長は凛より少し小さい。黒髪ショートで二重のまあるい目。高くはないが形の整った鼻。スレンダーでスラリとした脚。血色の良い唇は、白い肌とのコントラストで、リップを塗っているかのようなピンクに見える。顔の一つ一つのパーツのバランスが良く、笑顔がよく似合う子だ。


 凛が綺麗系なら、さやかはかわいい系だと思う。


 俺は見慣れていて分からないが、成瀬がいうには、深雪ふかゆきの女子の中では5本の指に入る美形らしい。


 そんな彼女は、クリーム色のジャケットに薄紫のリボン。チェックのラインが入ったダークグレーのスカートを合わせたブレザー、……深雪高校の制服を着ている。


 小学校から高校までの腐れ縁。

 いわゆる、幼馴染というやつだ。

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