第14話 凛のきもち。



 凛の前には、男性がいる。

 俺より少し年上くらい。爽やかな好青年。高2か高3だろう。


 あれは、賢勇学園の制服。

 日本有数の進学校だ。

 

 普通の高校生の俺なんかとは比べものにならない、いい男。


 だけど……。


 凛は……。

 相手の顔を見て、何かを一生懸命に訴えている。だけれど、相手はなんだか余裕の様子で、それを真剣に聞いている顔じゃない。


 顔が良くて、頭が良くて。

 きっと、彼の中では、自分の告白が断られるわけがないという既定路線なのだろう。


 あんなに一生懸命話してるのに、どんな内容だとしてもちゃんと聞いてやれよ。凛があなどられているようで、なんだか悔しい。


 凛は楽しそうに見えない。むしろ、途中で視線を何度も泳がせ、困っているように見えた。


 その顔をみたら、自然に身体が動いていた。

 俺は店内に入ると、店員の案内も聞かずに、凛の席に向かう。そして、テーブルの前に立った。


 2人が俺を見上げる。

 相手の男もだが、凛の方が驚いた顔をしていた。


 凛は目を見開き、俺を見るとすぐに視線を外した。だけど、俺はそんなのお構いなしに、凛の横に座る。


 自己都合で姫を救出する自己中王子だからな。俺は。


 そして、喧嘩のことなんてなかったかの様に質問した。


 「凛。この人だれ?」


 すると、凛はうつむく。


 「賢勇高校の人。その。わたしのこと気に入ってくれたみたいで」


 俺は凛に耳打ちした。


 「おまえ。こいつのこと好きなの?」


 すると、凛は。下を向いて首を横に降った。

 凛は小声でいった。


 「……そんなわけない」

 そういうことなら、話は早い。


 こういう時の断り方は昔から決まっている。

 いにしえから現代まで受け継がれてきた手法。


 「あ、割り込んですみません。俺、神木蓮っていいます。凛と付き合ってます。な、凛?」


 凛は、俺を見ると目をまん丸にして、瞬きを何回かした。わかりやすくびっくりした顔をしている。


 ……もうちょっとくらい合わせて欲しいんだけど。


 数秒して、ようやく察したらしい。

 凛は頷いた。


 よし。お嬢様からこの演技でのOKがでたぞ。

 めざせ主演男優賞だ。


 すると、相手の男が不機嫌そうな顔になった。

 

 まぁ、そりゃあそうだよな。

 告白の途中で、意味のわかんない男が割り込んできたら、誰でも不愉快だと思う。


 その男は俺を見ていった。


 「おまえ、なんなの? 嘘つくなよ。凛さんは女子校だし、そんなんいる訳ないだろ。おれ賢勇にかよってるんだけど、お前。どこの高校?」


 「深雪だよ。深雪高校」


 男はうすら笑いをする。


 「深雪? なにそのダサい名前の高校。公立の底辺校か? 公立なんて貧乏なやつがいくとこだろ。聖ティアの凛さんとは不釣り合いすぎる」

 

 こいつなんなの?


 俺は自分の高校が好きだ。

 そりゃあ、賢勇みたいに偏差値高くないかもしれないけれど、気のいいやつばっかりだ。


 少なくとも、こんな人を見下すようなヤツはいない。


 なんか俺の友達がバカにされた気がして、すごくムカついた。俺は、目の前の男を許せなくて、席から立ちあがろうとする。


 すると、凛に先を越された。

 凛は立ち上がって、声を荒げる。


 「れんくんのことを馬鹿にしないで!! れんくんは、優しくていつもわたしのことを助けてくれる。そんなに証拠をみたいなら、見せてあげる!!」


 えっ、証拠?

 あなた、そんな啖呵たんかをきっちゃって大丈夫? 


 凛は、そんな俺の心配などお構いなしに、俺の頬に手を添えると、ぐいっと自分の方に向けた。そして、俺の目をみつめながら顔を近づけてくる。


 凛の大きくて綺麗な瞳がすぐに近くにあって。

 気づくと、凛の唇がすぐに触れるほど近くにあった。

 

 あの男からは、凛の口は陰になっている。

 きっと、キスしているように見えていることだろう。


 何秒くらいだろう。

 ほんの数ミリの距離で、キスの真似事をする。


 凛の吐息が俺の頬にあたる。

 ミントのような、いい香り。


 ほんの、あとほんの少しの勇気が俺にあれば、唇が触れてしまう距離。

 

 それは永遠のようにも一瞬のようにも感じた。


 凛は唇を離した。

 そして、凛は離れ様に何かを呟いた。


 「……きだよ」

 

 ちゃんと聞き取れなかった。


 男は口をあけたまま、こちらを見ている。

 そして、掠れた声を出した。


 「見る目のない女だな。クズに惚れる女なんて要らないし」


 そして、捨て台詞を吐くと店を出て行った。

 

 おいおい、捨て台詞君。

 足元がおぼついてないぞ?


 隣のテーブルにぶつかってフラフラしている。おれは内心、少し気の毒で苦笑してしまった。


 ださっ。


 凛は文句を言いたかったらしく追いかけようとするが、今度は俺が引き止めた。


 俺と凛の2人きりになった。

 ベンチシートのように横並びになる。


 すると、後ろの家族のひそひそ話が聞こえてくる。


 「高校生カップルかなー? 三角関係? 初々しい」


 その言葉を聞いて、俺は急に恥ずかしくなった。凛の方をみると、凛は俯いて一生懸命に前髪で顔を隠そうとしている。顔は隠れても、赤くなってる耳はよく見えていた。


 でも、よかった。

 凛が他の男にとられてしまうところだった。


 あと。ちゃんと謝らないと。


 「凛。この前のこと。ごめん」


 すると、凛がこっちをむく。

 なぜか、目に涙をためて、半べそのように見えた。


 「わたしこそ。ごめんなさい。ずっと冷たい態度とって。恥ずかしくて、どうしていいか分からなくなっちゃって。でも、わたしの態度は良くないってわかってるんだ」


 「じゃあ、仲直りしてくれるか?」


 凛は頷いて俺の手を握ってきた。


 2人でファミレスを出る。

 すると、ほのかがいた。


 きっと、心配して見に来てくれたんだろう。


 ほのかは凛をみると抱きついてきた。

 そして、凛の頭をナデナデする。


 「ちゃんと、弟くんとは仲直りできた?」


 凛は頷く。

 凛は、そっと俺の手を握ってくる。


 ほのかは俺の顔を見て、視線を手のあたりまで落とす。


 「最近の義姉弟は手を繋いで歩くんだねぇ」

 

 俺は鼻を掻いた。

 でも、凛が手を離そうとしない。


 10日もまともに話してなかったんだ。

 俺の方も、まだ凛の温もりが足りていなかった。


 ほのかが凛に何か言っている。

 

 「これが最後のお節介になっちゃうかな。わたしはもうお手伝いできないから、あとは弟くんに守ってもらうんだよ?」


 凛は頷いてほのかに抱きついている。


 どういう意味だろう。

 よく分からん。



 ほのかと別れて、2人で家に帰る。

 気づけば、もう夕方だ。

 

 俺が自転車を押して、凛は荷台に乗っている。


 凛は何も話さない。

 だけれど、それは気まずい沈黙じゃなかった。


 凛は風になびいて落ちてきた前髪を掻き上げる。すると、揺れる髪から顔を出した瞳が、夕焼けに照らされて茜色になった。


 『ほんとうに綺麗だよ。きみは』


 凛はしっかりものだけど、頑丈なわけじゃない。また君がすくんでしまったときには、俺がどうにかするよ。


 ……家族だしね。


 でもさっき、俺があと少し身体を前に出していたら、2人の関係はどうなってたんだろう。


 そんなことを考えてしまう。



 あ、そうだ。

 

 「りん。さっき、顔を離すときに、なんて言ったの?」


 すると凛は口元を綻ばせた。


 「……ないしょ」


 そうか。

 聞こえなくて残念だ。


 でも、2人で一緒に帰るこの時間が心地よくて。いまはこれだけで十分だよ。






 別作品(俺セフ)からの特別ゲストで、葉山ほのかに手伝ってもらいました。


 お読みくださりありがとうございます。面白いな、続きが気になると思ってもらえましたら、★★★、レビュー、フォロー、応援コメントいただけるとモチベがあがります。


 これからもよろしくお願いいたします。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る