第15話 雫さんがやってくる。


 階段を下りると、親父と凛がバタバタしていた。


 「2人とも、おはよー。どうしたの? こんな朝から」


 親父が答えた。


 「おう。蓮。おはよう。雫さんの戻りが早くなってな。今日から家に来れるようになったんだ」


 って、そんなに急いで片付けなくても。

 家は、普段から凛が掃除してくれてるし。親父には、見せてやましいものなどなさそうだが。


 親父の荷物を覗き込むと、スナックやらのライターや領収書が見えた。


 ……俺のために独身でいてくれたんだもんな。うん。寂しい時もあるよな。俺は息子だから、理解できるぞ? 


 隠蔽ファイト!!


 凛が来た時に、俺も一生懸命にエロ本を隠したのを思い出す。


 凛は雫さんのために準備しておいた食器やテーブルクロスなどの配置をしているようだ。


 俺も何かしないと、と思って凛の横にいったのだが。


 「邪魔」と一言。

 我が家のお嬢様は、相変わらずだぜ。


 ……はい。役立たずは自室に戻ってます。


 すると、凛がいう。


 「いっちゃうんだ」


 お前が邪魔と言ったんだろう。

 意味わからん。


 俺は、なんか心がざわつくというか。


 夏の終わりに雫さんが合流するのは分かってたし。雫さんのことがイヤな訳じゃない。凛が父さんと母さんを大切にしてくれてるから、おれもそうしたいと思ってる。


 それは本心だ。

 でも、どこかで割り切れない自分もいる。


 部屋に行って、少し心の整理が必要かな。

 俺は凛に笑顔を作ると、自分の部屋に戻った。


 部屋のベッドに座る。

 あまり残ってない母さんの記憶をかき集めて、自問自答していた。


 でも、母さんの思い出は少なすぎて、想像の中の母さんは何も答えてくれない。


 気づけば、ベッドの上で膝を抱えて座っていた。涙を太ももで拭う。


 何も考えられない。

 考えられるほど、覚えていない。


 母親に捨てられたようで、すごく孤独だ。



 

 ガチャ。

 

 ドアを開けて凛が入ってきた。


 「おま、ノックくらいしろよ」


 だけれど、凛はそんなことお構いなしにこっちにくる。そして、俺を胸に押し付ける様にギュッと抱きしめてくれた。


 胸は柔らかくて。いい匂いがして。

 凛の心臓の音がきこえる。


 すごく安心するなぁ。


 すると、凛が言った。


 「ね。れんくんのお母さんの話きかせて」


 俺は、凛に抱きしめられたまま答える。


 「ごめん。話したくても、覚えてないんだよ」


 すると、凛は言った。


 「そんなことない。思い出は、れんくんの中に溶け込んでるだけ。君を見ていれば、お母さんに大切にされていたのがわかるよ」


 おれは大切にされていたのか。

 そうだよな。


 凛は俺を抱きしめる腕に力を入れる。


 「れんくん、泣き虫さんなんだから」


 少しすると、凛はバッと体を離した。そして、俺の顔をみつめると微笑んだ。


 凛は俺にアルバムを開いて見せた。

 そこには、母さんと並んで写る、子供の俺の姿があった。


 「これ、お父さんに借りてきたんだ。これのこと聞かせてよ。それに下の傷だらけの柱。あの話も聞かせて欲しいな」

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