第5話 腐女子にモテても困る。


 毎日毎日、暑すぎる。

 暑いと問題がある。


 凛がどんどん薄着になるのだ。

 母親との2人暮らしが長かったせいか、凛には節約が身についていて、うちに来てからもエアコンは必要最低限しか使わない。


 それ自体は偉いと思う。

 俺なんて、何も考えずに常時エアコン全開だったからな。自分が恥ずかしい。


 それはいいのだが、凛の薄着が目に毒なのだ。


 今日にいたっては、凛は白の薄いTシャツにショートパンツで過ごしている。座ると太ももの間からパンツが見えるし、汗ばんでるからTシャツにはブラが思いっきり透けている。


 健全な男子高校生の俺としては、ほんと目のやり場に困る。どうにかして欲しい。だけれど「お前、パンツ見えてるぞ」と指摘したら普通に蹴られそうだし。


 ほら。今もそんな服装の凛が目の前を通ったよ。すると、髪がふわりとなびいて、いい匂いがした。


 こんなに汗をかいているのに……、女子高生って、汗かいても臭くならない生物なのか? 不思議すぎる。


 今度、成瀬と研究してみよう。


 すると、凛がこっちを一瞥した。俺は無意識にクンクンしてしまっていたらしい。凛はすごく汚いものを見るような目をする。


 そして一言。


 「嗅ぐな、変態」


 まじ、コイツと話す度に精神が削られるんだが。


 やっぱり、俺らは仲が悪い。


 

 あっ。

 時計を見ると13時だった。そろそろバイトの時間だ。あれはそそくさと準備をして家をでようとする。


 すると、凛に声を掛けられた。


 「どこ?」


 おいっ!

 本気でお前が何を聞きたいか分からないぞ。

 主語も動詞もないとか、もはや外国語なのだが。


 そんなに俺と話したくないなら、話しかけてくんなよ。会話っていうより、以心伝心ゲームしてるみたいだよね。これ。


 俺も負けずに単語で答える。


 「バイト」


 すると、凛は興味なさげな顔をした。

 そして、ボソッと言う。


 「それだけじゃ分かんない。バカなの?」


 なんなんだ、こいつ。本当に。



 俺は本屋でバイトをしている。最近は夏休みだからバイトを増やしてて、結構、頻繁に家をあけている。


 凛の学校はバイト禁止らしい(親父情報)。さすがお嬢様学校だ。


 俺の方は、高校に入ってから、素敵な出会いがあるのかと思ってバイトを始めたのだが、現実は甘くない。


 なぜならば、俺のバイト先には女性が殆どいない。本屋なのに不思議だ。


 まぁ、唯一の紅一点(といえるか分からんが)が、成瀬の姉貴だからな。


 成瀬の姉貴は、いわゆる腐女子だ。

 見た目は悪くはないんだが。


 俺の周りの女子って、なんでこんなポンコツばっかりなんだよ。中学生の時に抱いていた女子への憧れを返して欲しい。


 んで、今日はその成瀬の姉貴と一緒にバイトしている。


 成瀬の姉貴は2つ上で名前はかえでという。どうやら、楓は俺の顔が好みらしい。いや、これはモテているのではなく、BLの素材として好まれているということだ。


 だから、やたら男関係を聞いてくる。どんなに根掘り葉掘り聞かれても、そっちの世界に話が膨らむことはないのだが、楓は諦めない。


 そして、凛のことは興味がないらしく、女性関係は一切聞いてこない。


 今日も楓は、いつものようにベタベタ俺の腕に抱きついてくる。そこそこ可愛い子なのに不思議だ。全く異性を感じない。


 さすが腐女子。


 「暑苦しいんだよ。離れろよ」


 俺は楓の顔をむぎゅっと押して遠ざける。

 すると、見知った顔のお客さんが入ってきた。


 ……凛だ。

 白いワンピースを着ている。胸と髪留めに紫のリボンを結んでいて、いっそう清楚に見える。まぁ、見えるだけだが。


 それにしても、随分と可愛らしい服装をしているなぁ。


 デートかな。

 あれだけ可愛いんだもんな。彼氏くらいいて当然か。


 俺は凛が大っ嫌いなのに、なんだか胸の中がザワザワする。これはヤキモチなのか?


 ……ないない。


 きっとこれは、先を越されたというライバル心に違いない。


 凛はこっちに気づいたらしい。

 そして、ほぼノールックでレジ正面の本棚から本をとってこっちに来る。


 本を選んだ様子はない。絶対に、たまたま近くにあった本を適当に手に取ったんだと思う。こいつ、俺をからかいに来たのか?


 あのね。

 本屋の店員としては、ちゃんと選んで欲しいんだけど。ここ、本屋なの。本を欲しい人が来るところなの。


 凛はレジに本を置いた。

 俺は本のタイトルを読み上げる。


 「俺は君に恋をした。清純美少年と高校球児の恋の甲子園」


 え。これ。

 お前も腐女子か?


 それにしても陳腐なタイトルだな。


 凛は本と俺の顔を交互にみる。

 そして、顔を真っ赤にすると、思いっきりあたふたする。


 「これ、ちがう。間違えた」


 あー、これ今日一日で一番長文の会話かも。

 ボクは嬉しいですよ。


 「いや、別に恥ずかしがることないし。こーいうの好きなんだろ?」


 ガンッ。


 「痛っ!!」


 こいつ、カウンターの下から俺のスネを思い切り蹴りやがったよ。そして、頬を膨らませて怒って帰ってしまった。


 なんなんだよ。あいつ。

 嫌がらせか? つか、この本。あった場所に戻して帰れよ。


 17時になった。

 バイトが終わって、裏口から出る。


 あー、また楓が腕を組んでくる。

 「だから、おまえ暑苦しいんだよ。離れろよ!!」


 すると、なぜか裏口にいた凛と目が合った。凛の視線が、俺と楓の腕のあたりに移動する。


 凛は一瞬、悲しそうな顔をして走り去ろうとする。

 

 え。なに?

 俺なにかした?

 でも、なんとなく追いかけないといけない気がする。


 俺は追いかけ、凛の手首を掴んだ。

 

 すると、指が凛のブレスレットに引っかかり、とんぼ玉が落ちた。


 「ごめ……」


 トンボ玉はころころと転がり側溝に落ちた。そして、ポチャンという音をたてて、側溝の水流の中に消えた。


 凛は悲鳴ともつかない声をあげ、視線を泳がせる。そして、大切な宝物をなくしてしまった子供のように、必死に探しはじめた。今まで見たことがない顔だ。


 直後、凛が驚きの行動に出る。

 服のまま、側溝に足を入れたのだ。


 せっかくの洋服が泥だらけになっている。

 側溝なんて不潔で何が落ちてるか分からないし、危ない。俺は凛の手首を掴んで制止しようとする。


 すると、凛はそれを振り払い両腕を側溝の水にバチャバチャと入れた。


 昨日の雨で側溝には大量の雨水が流れ込んでいる。あんな小さな玉が見つかるハズがない。


 あのとんぼ玉。

 何か大切なものなのだろう。


 仕方ない。

 俺も側溝に足を入れ、一緒に探した。

 10分ほど探したが、見つからなかった。


 あんな丸くて小さいもの。

 どこまで流れて行ってしまったか、見当もつかない。


 凛もそれに気づいたのだろう。


 フラフラと側溝から出ると、ペタンと座り込み泣き出してしまった。子供のように上を向いて、涙も拭わずにわんわんと泣いている。



 どうしよう。

 なんか、とんでもないことになってしまった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る