第4話 俺たちは仲が悪い。


 朝、起きる。

 階段を降りると、モデルでもできそうな可愛い子が、かいがいしく朝食の配膳をしている。


 あぁ。夢みたいだ。

 っていうか、夢ならこのまま終わって欲しい。


 だが、悲しいかな、これは現実。

 少女はこっちを向くと言った。


 「レン。アンタ、ソースくらい自分で出せよ」


 そうなのだ。

 これが現実。


 俺たちは仲が悪い。


 親父が作った料理ならべてるだけだろ?

 なんなんだ、コイツ。偉そうに。


 親父は朝から出かけている。

 だから、今日の朝食はコイツと2人だ。


 食卓につく。

 そして、無言で食事をする。


 あぁ、気まずい。

 早く食べて、一刻も早くこの場を離脱したい。


 静謐せいひつな食卓の中、時計の秒針だけがカチカチとなり続ける。


 あっ。

 だし巻き卵だ。珍しい。

 一口かじると、凄まじく塩からかった。


 料理上手の親父にしては珍しい。


 「しょっぱ」


 しまった。無意識に声がでた。

 俺は、そろそろと凛を見る。


 きっと、見下すような冷たい視線を俺に向けていることだろう。


 凛は俯くと、テーブルの上で指を何度も組み直す。

 そして、口を尖らせて言った。


 「…そっか」


 なに、この人。怒ってるの?

 女子高生の喜怒哀楽。まじ分からんわ。


 いや、コイツが変なだけか。


 それから、重い空気はさらに重くなった。

 食事が終わると、凛は箸をバンッとテーブルに置いた。


 なに物にあたってんの。こいつ。

 サイテーなんだけど。


 そして食べ終わると凛は。

 「片付けはアンタがやって!!」

 そう言い捨てて、外に出て行ってしまった。


 なんなんだよ。あの態度。

 それくらい、言われなくてもするし。

 マジで感じ悪いんだけど。


 俺が不貞腐れて片付けていると、親父が帰ってきた。


 「ただいま〜。お、レン。お前が自主的に洗い物なんて珍しいな」


 それくらい、俺でもするし。

 でも、こんなこと言われるってことは、普段はあまりできてなかったのかも知れない。


 あっ。だし巻き玉子。


 「親父。だし巻き玉子、しょっぱかったよ。料理自慢なのに腕が鈍った?」


 すると、親父は不思議そうな顔をする。


 「ん。俺はだし巻き玉子なんて作ってないぞ?」


 えっ。

 ってことは、あれ、凛が作ったの?


 やばい。

 文句言っちゃった。


 あいつ、それでどこに行っちゃったんだ。こんな炎天下で。


 俺は外にでて、凛を探した。


 ハァハァ……。

 日差しが強くて暑すぎる。

 俺が先に倒れちゃいそうだ。


 息が苦しくて立ち止まる。公園で水でも飲むか。

 すると視線の先に、凛がいた。

 

 ブランコにのって、足の反動で前後に揺れながら、口を尖らせている。遠目だが、目には涙がなみなみと溜まっているようだった。


 あー。やっちまった。

 今回は、俺が全面的に悪い。


 どうしよう。

 こんなに暑いのに。あいつちゃんと水分とってるのかな。


 俺はコーラを2本買って、1本を凛の前に差し出した。

 凛は案の定、目を擦りながら、ひっくひっくしていた。


 凛はコーラに気づくと、目を見開きビックリして俺を見上げた。

 そして、アタフタと涙まみれの頬を擦る。


 今回は、俺が悪い。

 素直に謝ろう。俺はバツが悪くて鼻を掻く。


 「その。なんだ。さっきは悪かったな。ちょっとしょっぱかったけど、焼き加減もうまかったし、ああいうのは好みもあるもんな。その。ほんとごめん」


 凛はコーラを受け取った。

 そして、偉そうにお姉さん気取りで、パンパンとスカートの埃を払って立ち上がる。


 プシュっという音をさせて、ペットボトルを開ける。すると、コーラが噴水のように勢いよく吹き出した。


 溢れ出たコーラで手がビショビショになってるぞ? 


 しかし、凛はめげない。

 あくまで涼しい顔を崩さず、何事もなかったようにコーラを一口飲むと、こちらを振り向く。


 ……なんだか普通にダサいのに、ドリンクのCMみたいだ。美少女って圧倒的な正義だと思う。これで、性格がまともだったらな……。


 そんな俺の考えを察したのか、凛はこちらをキッと睨む。


 「べつに。お世話になってるから作っただけ。別にアンタのためじゃないし」


 そう言うと、家の方にスタスタと歩き出す。

 俺は追いかけて声をかける。


 「いや、だから。ありがとう。また作って欲しいんだけど」


 凛は答えない。

 ただ、一瞬こちらを振り向くと「コーラありがと」と言った。


 「なぁ、凛。待ってくれよ」


 俺は凛を追いかけて駆け足になる。

 ちらっと見えた凛の顔は、少しだけ嬉しそうに見えた。


 俺の気のせいだろうか。

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