第3話 危険物

 

 俺の目の前には、見慣れぬパンツが転がっている。白くて紫のラインが入っているパンツだ。


 使用済みか未使用かは不明だ。

 だが、おそらく、前者だろう。


 そして、おれは腰にタオルを巻いた状態で悩んでいる。それは、この危険物の取り扱い如何によっては、今後の俺のこの家での立場が大きく変わる気がするからだ。


 俺のあらん限りの知性を結集し、この危機を乗り越えねばならない。


 まず、基本方針を決める。


 このパンツをどうするか。

 正直、お年頃の高校生に、これに無関心でいろというのには無理がある。しかも、あの可愛い子のだ。


 本音を言えば、裏表にしたりして、気が済むまで観察したい。


 だが。 

 リスクが見合わない。


 あの気の強そうな凛のことだ。

 リアルに刺されかねない。


 なので、パンツはノータッチでリリースする方向でいく。


 不幸中の幸いなのが、裏返しになってないことだ。裏のまま放置したら、凛が見つけた時の八つ当たりが強まりそうだし、表に返すのなら、パンツに触れなければならない。


 では、どうするか。


 実姉弟だったらどうするのだろう。

 きっと、普通に洗濯かごに放り投げて「忘れてたぞ」で終わるのだろう。


 だが、この家でそれが通用するとは思えない。普通にビンタされるだろう。下手したら、家族全員から変態のレッテルを貼られる。


 うーん……。


 やはり、ここは放置しかないか。

 何もなかった。俺は何も見ていない。


 うん。このことは忘れよう。

  


 そう思った時、脱衣所の引き戸が勢いよく開いた。


 きっと、落としたことに気づいたのだろう。

 凛はズカズカと入ってきて、涙目で俺を睨むと「変態!!」と叫び、パンツを拾う。


 って、俺はタオル一枚の裸なんだが?

 凛もそのことに気づいたようだ。目を逸らそうとした。


 だが、その時。

 ひらりと腰のタオルが落ちた。


 しかも、不覚にもパンツに興奮してしまったらしく、オレのソレは臨戦体制だった。


 「あっ……」


 人間というものは本能で動くものを見てしまうらしい。凛はおれの股間を凝視している。


 「……」


 凛は手で口を押さえ、顔をさくらんぼのように真っ赤にする。そして、「ひゃぁ」と間の抜けた声を出した。


 バタンッと勢いよく引き戸を閉めると、階段をすごい勢い駆け上がっていった。



 ……俺、終わったわ。


 叡智を結集したはずが、考えうる最悪の結果になってしまった。きっと、家族全員に報告されて、俺は変態として、今後、この家で村八分になるのだろう。


 

 俺が失意のまま廊下を歩いていると、凛が勢いよく階段を下りてきた。


 涙目で顔を真っ赤にしている。

 いよいよ、俺は刺されるのだろうか。


 すると、凛が、モジモジしながら言った。

 モジモジしながらも睨みつけてくる。


 器用だな。こいつ。


 「……さっきはいきなり入ってごめん。その、男の子の見るの初めてだったから、びっくりしちゃって。わたしも忘れるから、あなたも忘れなさい。あなたは何も見ていない。いいわね?」


 「……はい」


 俺には頷く以外の選択肢はなかった。


 だが、凛は、今回のことを誰にも言いつけなかったらしい。


 ちょっとは良いところがあるのだろうか。それとも、自分の失態を知られたくないだけなのだろうか。


 俺にはわからない。


 

 だが、変わったことがある。

 凛が俺を名前で呼ぶようになった。


 「蓮!!」


 って、呼び捨てでな。

 

 恋人たちと同じ呼び捨てなのに、愛情なるものは皆無だ。マウントされてるようで、なんだか腹が立つ。


 なので、俺も「凛」と呼び捨てにすることにした。

 

 そうしたら、お嬢様の気に障ったらしい。


 盛大にビンタされた。

 なんなんだコイツ。


 理不尽すぎる。

 

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