第20話
一年前に流行ったラブロマンス映画。恋愛モノに興味がない華恋でもタイトルだけは覚えていた。今回、地上波初登場らしい。
最近になって恋愛モノに興味を持ち始めた華恋はこの映画を見る事を楽しみにしていた……はずなのに内容が全く頭に入ってこない。
華恋はテレビ画面をじっと見つめたまま固まっていた。そろそろ変な箇所の筋肉が痺れてきそうだ。原因はわかっている。
今、華恋の真後ろで気持ちよさそうに寝息を立てている英治だ。
久しぶりのデート。とはいえ、ここ数週間英治が色んな意味で大変だったことは重々華恋も理解している。だから、今日はのんびりお家デートにしようと提案した。
まったりデートもいいじゃないか。誰にも邪魔されないし、周りの視線も気にならない。
ラブロマンス映画でも二人で見ながら、ときおりいちゃいちゃなんてして……と華恋は今日この日を大変楽しみにしていた。
今、華恋はソファーに座り、英治に後ろから抱きしめられている。ここまでは、華恋の妄想通り。恥ずかしいけど、嬉しい。
でも、まさかそのまま英治が寝てしまうとは思わなかった。英治が悪い訳では決してない。嫌でもない。ただ……
英治の寝息が首筋にかかりくすぐったい。身動ぎしたいけど、起こしてしまいそうで動けない。
――――幸せ過ぎて困るってこういうこと?
色んな感情で胸の中がいっぱいだ。それと同じくらいどうしていいかわからなくて途方に暮れる。
顔を傾け英治の顔を盗み見る。
――――あ、クマができてる。やっぱり疲れてるよね。
デートのお誘いが嬉しくて二つ返事でOKしたが、今になってやっぱり断ればよかったかなという気になってくる。
――――自分の気持ちを優先しちゃった。ごめんね。
自己嫌悪を覚えながらも、英治の顔に頭を擦り付ける。英治に悪いとは思うが、やっぱり英治に会いたいという気持ちの方が大きい。
「んっ」
英治が微かに声を漏らし、身動ぎをした。驚いた華恋は身体を大きく揺らす。反射的に英治から身体を離そうとしたが、無意識なのか逃がさないとでもいうように英治の腕に力がこめられた。
「……え、英治さん?」
恐る恐る名前を呼んでみる。
「んっ」
まるで起きているかのような返事がかえってきた。その反応が可愛くて思わず華恋は笑ってしまった。
それが悪かったのだろう。英治が「んー」と唸り声を上げ始めた。
――――やばっ。本当に起こしちゃった?!
慌てて己の口に手を当てるが今更だ。英治の目がうっすらと開き、じっと華恋を見つめる。華恋は内心ドキドキしながら英治を見返した。
不意に英治がふにゃりと微笑む。初めて見る表情に華恋の呼吸が一瞬止まった。
「華恋」
「え、英治さっんっ」
英治の大きな手が華恋の頬に触れ、顔が近づいてくる。華恋は反射的に目を閉じた。唇がふわりと重なる。
「んっ…………ん? んんっ?」
軽いキスだと思っていたのに、何度も口づけられていくうちに深い口づけへと変わっていき華恋は慌てた。恋愛経験の浅い華恋は深い口づけが苦手だ。息継ぎのタイミングがわからなくて毎度酸欠気味になる。
それでも普段は英治が手加減してくれていたのかなんとかついていけていたのに……今日のは無理だ。なんというか、このまま食べられてしまいそうな気配がする。
華恋とて成人済の女性。未だそういう経験はないが、何も知らない初心でもない。いずれは英治と……とも思っている。
――――でも、今じゃない!
どうにか目を覚ましてもらおうと英治の胸を押し返そうとしたが、逆に恋人繋ぎで完封されてしまった。
しかも、英治のキスに翻弄されている間に華恋の身体は完全にソファーに横たわってしまった。英治の手が徐々に怪しい動きを始める。
――――ッ! ど、どどうしよう。嫌じゃない嫌じゃないけど……でも、やっぱり今じゃないっ! 英治さんごめんなさい!
華恋は思い切って英治のおでこに頭突きをした。
「っ~!」
「くっ」
英治を止めることには成功したが、華恋も相応のダメージをくらった。目尻に涙を浮かべながら華恋は英治の様子を窺う。
「え、英治さん大丈夫?」
「っあ、ああ。……ごめん」
「う、ううん。嫌で止めたわけじゃないから気にしないで!」
自己嫌悪に陥っている英治を見て華恋は慌ててフォローをいれた。もし、これで英治が華恋に手を出すことに躊躇するようになったらそれはそれで嫌だ。
「っ。そ、そうか」
英治は目を丸くした後頬を染め、己の口元を手で覆い華恋から視線を逸らした。何とも言えない空気が二人の間に流れる。先に口を開いたのは華恋。
「英治さん」
「ん?」
「眠いならもうちょっと寝てもいいよ? 映画もちょうど終わったことだし」
映画のエンドロールが流れているテレビを見て言う華恋。英治は首を横に振った。
「いや、いい。寝てしまった俺が言うのも何だけどもっと華恋と話したい。華恋が嫌がることはもうしないから……おいで」
そう言って英治が両手を開く。華恋は一瞬迷いを見せたが、そろりそろりと英治に近づきぽすっと英治の腕の中に再びおさまった。華恋は英治の胸板の上にコテンと頭を乗せ目を閉じる。普段の野暮ったい格好からは想像できない立派な弾力。
しばらくの間英治の腕の中で幸福感に満たされた後、華恋は顔を上げた。
――――あ。
優しく華恋を見つめる英治と目があい華恋の心臓がドキッと跳ねる。ただ、英治は微笑むだけで何もしない。
華恋は上半身を伸ばすと英治の唇を奪った。そして、してやったりとほくそ笑む。思いがけない攻撃を食らい英治は固まった。
次の瞬間、英治の瞳にギラギラとした熱が宿る。
「いいのか?」
華恋の顔を覗き込み尋ねる。華恋の頬が一気に赤く染まった。
「いえ、それはあの、できたらまた今度にしていただきたいと申しますか、あの」
途端にしどろもどろになる華恋を見て英治は笑った。
「わかった。じゃあ、味見なら……いい?」
華恋の頬に触れ、親指で唇をなぞる。英治の色気を直にくらった華恋は無意識に頷き返していた。
我に返った時にはもう英治に唇を奪われていた。
「んんっ」
英治の指がうなじに触れ華恋の身体が震える。何だか下腹部が熱い。そんな自分に羞恥心を覚えながらも、華恋も英治の首の後ろに腕を回し応えた。
華恋の唇が軽く腫れた頃、英治はようやく満足して華恋を解放した。
最初の時と同じ態勢になり、ここ最近の出来事について語り合う。話題は社内イベントについて。
「そういえば、英治さんは今回家族呼ぶの?」
「いやその予定は……って、ああそうか。両親や姉弟、祖父母あたりも『家族』の括りに入るのか」
子供問題に頭を悩まされていたせいで気づかなかったが独身社員にとっての『家族』はそうだ。招待リストには載っていなかったが……
「念のためその点についても補足連絡で回しておくか。奥さんと子供だけしか駄目だと思っている社員もいるかもしれないしな。ありがとう華恋」
「ううん。……そ、それでさっきの続きなんだけど……英治さんは家族呼ぶつもりないんだよね?」
「まあ。……どうした?」
「いや……さ、先に謝っとくね。ごめん! 実は」
華恋は後ろめたさに襲われながら英治に説明した。案の定、話が終わった頃には英治の眉間には皺が寄っている。
「はあ……」
「ご、ごめん~」
必死に謝る華恋を見て、英治が苦笑した。
「いいよ。俺の為を思って動いてくれたんだろ?」
「ん」
「なら、許す」
ホッと表情を緩める華恋。そんな華恋を見て英治が微笑んだ。
「その代わり、全部終わったら俺のお願い一つ聞いてくれる?」
嫌、とは到底言える雰囲気ではなく、華恋は身の危険を感じながらも頷いたのだった。
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