吾輩は黒猫である。

霜花 桔梗

第1話 吾輩と御主人の日常

 吾輩は黒猫である、名はアルテミス、御主人は高校二年生の千里である。御主人である千里が生まれた日に間宮家に飼い猫としてやって来た。


 千里と共に十六年過ごし去年その生涯を閉じた。今は千里のリックサックの黒猫のキーホルダーとして一緒にいる。


 そう、吾輩は千里の事が大好きである。なので、神様に頼んでキーホルダーにしてもらった。


 死して千里と一緒に居られる事は幸せの限りである。


 今朝もリックサックと共に登校である。バスに揺られて数十分、親友の模利と昇降口で待ち合わせのメッセージ交換であった。吾輩が居なくなった時に、模利氏が支えてくれたのだ。


「少し早く着いたか……」


 御主人が昇降口前で立ち尽くしていると。


「間宮、今日も友達待ちか?」


 昇降口に立って挨拶をしている教師に声をかけられる。


「はい……」


 返事を返すと御主人は下を向いてしまう。それは対人恐怖なのである。こんな時は吾輩の出番だ。リックサックをぶら下げた体をブルブルと動かして御主人に気づいてもらう。


「うん?アルテミスが揺れている」


 よかった気がついた。


「アルテミス、お前も寂しいのか?」


 御主人はリックサックを降ろして吾輩に触れる。吾輩は揺れる事しかできないが御主人の心を癒す事ができるのだ。御主人が吾輩に触れていると親友の模利がやってくる。


「おはようー千里」

「うん、おはよう」


 御主人に笑顔が戻った。吾輩は御主人の笑顔が大好きなのだ。そして、リックサックを背負うと教室に向かうのであった。


 二限から体育の授業である。女子更衣室に御主人と一緒に入るのである。棚に置かれた吾輩は女子の着替えを見る。


 うむ、皆の下着姿は……おっと吾輩はキーホルダーであった。心を落ち着かせると着替えの時間が流れる。


 すると……。


「きゃー、千里の黒猫のキーホルダー可愛い」

「そ、そうかな?」


 対人恐怖の御主人が困っている。吾輩は無力である。しかし、気配を消すことで何とかなるかもしれない。


「あれ?着替えの続きをしなきゃ」


 吾輩を触っていた女子が離れる。作戦成功だ。そして体育の授業は始まり吾輩は女子更衣室で待つのである。


「おや!黒猫さん!」


 声をかけてきたのは隣のリックサックのウサギのキーホルダーである。ミッ〇ィーなるキャラクターだ。市販のキーホルダーでも思いが込められれば魂が宿るのである。


「吾輩はアルテミス、千里の飼い猫だ」

「私はアリス、普通のキーホルダーです」


 普通ね……ずいぶんと汚れている。魂が宿るほどのちょうあいを受けたのか……。今の時代は少子化らしい、小さな頃から独りで部屋の中で人形遊びを繰り返した結果であろう。


「アリスとやら、そなたも良い御主人を持ったのだな」

「はい、親友です」


 御主人ではなく親友とな、考えてみると千里も吾輩を友達として扱ってくれた。しかし、吾輩は千里に忠義として考えていた。


 そう言う考え方もあるのかと思う。吾輩とアリスは体育の授業が終わるまで語りあったのである。


 その後、授業が続く。吾輩はロッカーの中で退屈になると眠りに落ちる。


 はっ!


 気がつくとお昼である。御主人は親友の模利とお弁当を食べていた。御主人は吾輩と一緒にご飯を食べたいらしくキーホルダーをリックサックから外して机の片隅に置かれていた。


「えへへへ、アルテミスと一緒だ……」

「千里はその猫のキーホルダーが大好きなのね」

「そう、親友なの」


 やはり、御主人も親友だと言う。吾輩の忠義は変わらないのに……。


 吾輩は飼い猫なので家やご飯に困る事はなかった。忠義と親友との事柄で重要なのは御主人と吾輩に深い愛情の繋がりがある事である。親友と言う御主人の言葉に吾輩は嬉しくなり。


 つい、動いてしまった。


「今、このキーホルダー、動かなかった?」


 不味いと思い吾輩は冷汗をかく。


「しかも、濡れているし」


 これは絶体絶命である。吾輩は神様との約束で見守ることしか許されていない。


「アルテミスは友達なの、このキーホルダーは消えてしまった黒猫のアルテミスの真似をしているに違いない」


 真似か……少し違うがこのキーホルダーの姿でも吾輩の事を思ってくれている証拠だ。


「えへへへ」


 御主人は照れた様子で笑う。きっと、生前の吾輩の事を思い出しているに違いない。


「ま、千里が文句を言わないけれどね」


 二人は食事に戻り吾輩から目線を外す。ふぅ~なんとか難を逃れた。それから、吾輩は暖かい目線で御主人を見守るのであった。


 下校途中、御主人は高校近くのバス停での、待ち時間に斜め隣のコンビニに寄るのであった。


「あちーアイスでも買いうか?」


 御主人はスカートをバタバタとして、吾輩に了承を求めてくる。ここは長考の末に大きく揺れてみる。


「そうか……アルテミスも暑いか」


 揺れただけで食べたいと解釈するのは、流石、御主人である。試しに止まってみると。


「そうか、カップアイスがいいか?」


 吾輩は御主人の生まれた日に間宮家にやって来た。御主人の性格は端の端まで知っている。がさつで熱しやすくて冷めやすい。人前では対人恐怖が激しく簡単にコミュニケーションもできない。生前は吾輩が愚痴を聞いたものだ。


「よし、一緒に食べような」


 御主人はアイスを買うとカウンター席に座り。吾輩をリックサックから外すと、横に寝かせて置きガツガツとアイスを食べる。ふと、目の前にある時計を見るとバスの時間である。実に御主人らしい行動パターンだ。本来ならここで携帯でも鳴らしてバスの時間に気付かすのだが……。


 吾輩は基本、揺れる事しかできない。


「あ、昨日、バスを乗り遅れた方ですよね?」

「はい?」


 コンビニの店員さんが声をかけてくる。そう、御主人の長所は人に親切にされることだ。御主人の裏表の無い性格がそうさせているのだ。


「あわわわ……急いでバス停に向かわないと」


 御主人はアイスを口に詰め込むとエグエグ言いながらコンビニを出るのであった。


 夜


 御主人はジャージ姿でリラックスしていた。


「アルテミスはここに置いてと」


 吾輩を机の上に置くと御主人は板状の姿鏡の前に座る。


「えへへへへ、今夜もお化粧タイムだ」


 大きな箱を用意すると中身は口紅が五十本はすらりと並んでいる。横に置いたノートパソコンを見ると、乱数を出すプログラムを走らせる。そう、御主人の特技はプログラミングである。と言っても、入門書レベルである。


「三十七か、では、早速」


 御主人は三十七の番号の付いた口紅を口元に持って行く。


「うーん、いまいち……次!」


 パソコンを操作すると次の乱数を出す。


「二十四、今日の気分に合う口紅の色だ」


 御主人は気に入った様子でいるが、ここからが普通と違う。二十四の口紅を付けてから直ぐに拭き、次を試すのであった。


「えーと、五か」


 この作業を一時間は繰り返す。


……。


「さて、今日はこの辺で終えて寝るか……」


 吾輩をリックサックに付けると御主人は寝る準備をする。この夜の行動は友達が模利氏しか居ないので余った時間から生まれた行動である。ま、普通はしないな。などと解説して吾輩も寝る事にする。

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