第15話

 今日は休日なので本来であれば部屋でゆっくりしていられるし、昨日の続きでまだ泣いておきたいところでもあるのだが、そうも言っていられないのが「アナザークラス」の担任教師の定めだった。


 だから俺はいつものように白衣を着て一人、校庭に立っている。深呼吸して空を見上げると、深い青に染まっていてどこまでも果てしなく続いていた。王都もここと同じように晴れているのだろうか、あるいは雨だろうか。ライラは今日もギルドで働いているのだろうか。休みなら劇場にでも行っているのだろうか。俺より若いイケメン俳優に夢中になってはいないだろうか。なっていたところで今更どうこうするつもりもないが、複雑な心境になってしまうのは否めない。


「あ――」


 こちらから手紙でも書いてみるべきだろうか。しかし今になって馴れ馴れしく送りつけるというのもいかがなものか。だが俺は元気にやっていますくらい書いてもいいかもしれない。元はライラが紹介してくれた求人から始まったのだから。


「わ――」


 ダメだな。昨日からずっとあいつの事が頭にこびりついて離れない。あいつとはもうそういう関係では無いと割り切っていたつもりなのだが、所詮はつもりでしかなく俺は未だに――!? 白衣を強く掴まれた感覚がして、前を向く。


「む……むじじないでよぉ……」

「ウェリカ!? いつからそこに……って何でもう泣いてんだ」

「ご……ごべんざざい……」


 ……とにかく、話を聞こう。


 *


「昨日のはそもそも俺が言葉足らず過ぎたのが原因だし、気にするな」

「でも……あたし……あんたに……」


 ベンチに隣り合って座ると、俺はウェリカから昨日の出来事について泣きながら謝られた。とはいえ俺はウェリカに傷つけられたとはさほど思っておらず、俺が勝手に誤解を招く発言をしてツッコまれてライラの事を思い出して悲しくなったという認識でいたから、そこまで本気で謝られてもなと困惑する。


「確かに昨日のお前は恐ろしかったけど、結局は自滅した俺が悪い」

「ごめん……ぐずっ……なさい……」

「って事にしよう。うん」


 なんかこういう風にいられると余計に調子が狂うし。


「いつもみたいに『そうよ! あんたが全部悪いのよ!』とか言ったらどうだ」

「……あんたが悪い」

「そうだ。俺が悪い」

「でも……調子に乗ったあたしも悪い」


 調子乗ってるのはいつもの事だろ。って言える空気じゃないな、これは……。


「じゃあ、どっちも悪いって事にしよう」

「……そうね」


 青空とは裏腹に、ウェリカの顔は曇ったままだった。


 *


「これは水属性の中級魔法の一つ、ウォーターブレイドだ」


 ひとまず、予定通り俺はウェリカに水で創り出した透明な片手剣を見せ、虚空に一振りした。前方に水飛沫が飛び、茶色の地面に小さな斑点を咲かせる。


「魔力を流し続けて形にするだけだから、下手な初級よりかはお前にとっては使いやすいはずだ。普通の魔法使いにはそれが難しいんだけどな」

「……そう」

「更に魔力を注入することによって切れ味を上げたり、形を変えられたり出来る」

「へえ……」


 ベンチに座ったままのウェリカの前で剣の形を両手剣だったりレイピアだったりに色々変えてみせるが、反応は薄い。


「……ねえ」


 やがてウェリカが、静かに口を開いた。


「あたしの事……どう思ってるの」

「どうって?」

「正直に、答えて」


 翡翠色の、真剣な眼差しで見つめられる。


 正直に、か。


「可愛いと思ってるよ」

「か、かわ……ちょ……え……はあ!?」


 俺の一言に対し、ウェリカは動揺を隠さないままベンチから立ち上がると、指をさしながらどんどん俺に近づいてきた。近くで見ると小顔で目が大きくて鼻が綺麗で唇が薄くて、頬が真っ赤に染まっていて、自分で美少女を自称するだけあるなと改めて感じた。


「あ、あんた理事長みたいなのがタイプなんじゃないの!?」

「勝手にクインテッサを俺のタイプにするな」


 正直見るたびに俺の好みに近づいてきてて怖くなってくるけど。昨日は本当に危なかった。


「で、でもあたし色気とか無いし、脚とか自信ないし……胸も……」

「お前がタイプだとも言ってねえよ。それはそれとして可愛いとは思うぞ」

「や……別に……可愛くなんか……」


 スカートの裾をぎゅっと抑えて、顔を俺から逸らしたウェリカが言う。さてはこいつ、自分で美少女とか言ってる癖に人から言われる事には慣れてないな。


「可愛い可愛い」

「やめてってば……」


 そう言われてしまったし、ここからは真面目に話すとしよう。


「俺は魔法で吹っ飛ばされて怪我しても自力で治せる。だから心配するな」

「なんでなのよ……」

「俺は回復役ヒーラーだからな。治癒治療はお手の物だ」

「そうじゃなくて! なんでこんな化け物みたいなあたしに! 優しくしてくれるのかって聞いてるの!」


 ウェリカが心からの叫び声を上げながら、俺にしがみついてくる。


 疑惑が今、確信に変わった。


「たくさんの人を傷つけて! 恨まれて! 嫌がられて! 皆を敵にして! お姉ちゃんとも引き離されて! 家には誰もいなくなって! だからあたしはここに来たの!」


 ウェリカは自分で自分が止められないと言ったように、震えながら口を動かし続ける。俺は黙って、白衣に縋る彼女を見る。


「あたしは怖いの……アルドリノールを傷つけ続けて……いつか取り返しのつかない事になるのが……初めて天才だと言ってくれた人を……傷つけるのが……怖いの!」


 これが、この子の本当の姿、なのか。


 普段は貴族である事を鼻にかけて、傲慢に振舞って、天才で最強を自称して。


 貴族だから、距離を置かれても仕方ない。


 避けられるのは、傲慢だから。


 天才だから、常人には理解されない。


 最強だから、枠に収まれない。


 だから全部、仕方のない事なのだ。


 そう、思わなければ。


「あたしなんて、生まれてきちゃダメだったの!」


 自分が、保てなくなる。


 本当に、お前は。


「そっくりだな。俺と――」


 だから、放っておけなくなる。


 これはただの同情なのかもしれない。もしくは都合よくこの子に投影してるだけなのかもしれない。自分でもよくわからないが、少なくともこれだけは言える。


「俺はお前の先生だ。だからお前に、魔法の使い方を教えてやる」

「でも……あたしは……」

「次の休みの日、少し遠くまで行くぞ」


 あそこに行ったところで、この子にとって利益があるとも、何かが変わるとも思えない。


 だけど、きっと何かの意味がある。俺はそう、信じたかった。

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