第16話

「着いたぞ」

「ふぇ……?」


 昨日の夜から馬車に乗り、道中何度かの乗り換えを経て夕方に差し掛かろうとしたところでようやく目的地に辿り着いたので、隣でよだれを垂らして爆睡していたウェリカの肩を軽く叩いて起こしてやる。


「ここどこ……?」


 ウェリカの本音を聞いてから一週間後の休日、俺はウェリカを連れてノコエンシス領から離れ、とある場所を訪れていた。


「俺の出身地、ロゼフローラ領の――旧レイクレイン領だった場所だ」

「アルドリノールの……」

「もっとも、区画整理で俺が住んでた頃の面影は無くなっちまってるけどな」

「そうなの……」


 先週からウェリカの様子はあの高飛車なお嬢様はどこに行ったんだって感じの様子のままだ。一体どちらが本当のこの子の姿なのだろうか。


「降りるぞ」

「うん……」


 俺が馬車から降りるとウェリカも続いた。御者と馬車を引いてくれた艶やかな栗毛の馬にお礼を言った後、俺は目的地へと歩み始める。


 降りた地点は小さな家屋が点在していただけだったが、市街地に近づけば近づくほど建築物は密度と面積を増していき、すれ違う人も多くなっていった。しかし俺たちを見て足を止める人は誰一人としていない。つまりそれは、俺を知っている人や俺が知っている人がいない事を意味していた。


「ここだ」


 やがて市街地の外れにある広々とした区域まで辿り着くと、俺は足を止める。


 ここに来たのは、何年ぶりだろうか。


「墓地……?」

「ああ。十二年前に起こった『魔物化現象』の犠牲者の墓地だ」


 俺は頷くと、敷地内に足を踏み入れた。均一に並べられている真っ白な墓石の間を抜けた先に、一際大きな墓が三つ、並んでいる。


「先客がいたのか……」


 三つの墓の前には、綺麗な色をした小さな花がそれぞれ置かれていた。状態から察するに昨日今日置かれたものでは無いのだろうが、さほど前に置かれたものでもなさそうだった。


「父――レイクレイン公爵の政策には批判も多かったが、慕っていた人も大勢いた」


 もしかしたらそんな人が置いてくれたのかもなと思いながら、隣で墓石に刻まれた名前を眺めているウェリカに説明する。


「母は本が好きで、よく読み聞かせをしてくれたのを覚えている」


 最近になって、いつか読んでもらっていただろう本――「マゼンタ姫物語」をまた自分で読んでいるところだ。マゼンタ姫は初対面の少年にいきなりキスをせがんだり、のんびりしている動物に喧嘩を売ったりするお姫様なのだが、子供の頃はこんなにエキセントリックな性格だという印象は無かった。そのせいでこの件について話をしたいなどという永遠に叶わぬ願いが生まれてしまった。


 俺はそんな両親の墓に挟まれている墓の前に、道中で購入しておいた葉を覆うように咲いている青紫色の花を添えた。それから、その墓に刻まれた名前を読み上げる。


「フィオラ・レイクレイン。俺の妹だ」

「妹……」

「墓の下には何も無いから、死んだって実感がいまいち湧かないんだけどな」


 ここで起こったものに限らず「魔物化現象」の犠牲者は悉くそうなってしまう。魔物の遺体は、時間が経つと魔石だけを残して再び大気中のマナへと還ってしまうからだ。


「十二年前、妹はちょうど今のお前と同い年だった」

「……どんな子だったの?」


 俺はフィオラの顔を思い出しながら、ウェリカに話を始める。


「とにかく変わった子だったな。ドラゴンを飼いたいだの、自分の銅像を建てろだの、自分を団長とした魔法騎士団を設立しろだのとか事あるごとに言い出してきて、親は振り回されまくってたな」

「それで……どうしたの?」

「大抵は父に窘められてあえなく却下されてた。今になって思えば銅像くらいは建ててやっても良かったかもな。生きていた証にもなったはずだから」


 今からでも遅くはないのかもしれない。でも銅像って確かめちゃくちゃ金が掛かるんだっけか。それに建てるといっても既にここはもうレイクレイン家の土地では無くなっているし、やっぱり非現実的か。


「やることなすこと常軌を逸していたけど、目の前に困っている人がいれば迷わず手を差し伸べる、貴族の教えを大切にするいい子でもあった。だから、最後まで領民を守って死んだんだって思うようにしてる。そうじゃないなら、あまりにも悲しすぎる」


 遺体が残ってないという事は、そういう可能性も残されているという事だから。


「だと、いいわね……」


 ウェリカも小さな声で同意してくれた。俺はそんな彼女の顔を見ながら話を続ける。


「妹も風魔法が得意で、魔力の才能に溢れていた子だった。……まあ、お前には負けるけどな」


 むしろ九百倍ウェリカと同等かそれ以上かの魔力を持つ人間は果たしてこの世に存在しているのだろうか。少なくとも俺は知らない。


「よく言ってたんだ『最強の風魔法使いになる』って。『だから兄さんも手伝って』って」

「最強……」

「結局俺は、都合よくお前に妹を重ね合わせてるだけなのかもしれない」


 妹が目指していた最強の風魔法使いに最も近い、目の前の女の子に。


 だからこそ、改めてしっかりと確かめなければならない事がある。


「ウェリカは、どうしたいんだ?」

「どうって……?」

「本当に、最強になりたいのか。それとも――」


 俺はぼーっとした顔のウェリカの首に、魔石が埋め込まれたチョーカーを付けてやる。が、留めた瞬間バラバラにはじけ飛び、魔石や金具が墓に当たった後、地面に転がった。


「やっぱりこうなるか……」

「今の、何……?」

「意図的に魔力を抑える装飾品……なんだけど、九百倍の魔力には耐えられないみたいだ」

「……そう」

「今のはダメだったが、魔力を封印して魔法を使えないようにする方法はある。そういう道も、選んでもいいんだ」


 そうは言ったがチョーカーをあっさり壊された手前、九百倍をゼロに出来る方法なんて正直見当がつかない。しかし彼女が本気でそれを願うなら、いくらでも方法は探す。


「……あたしは」


 ややあって、ウェリカが静かに呟いた。


「この力でたくさん嫌な思いをしてきた。たくさんの人を傷つけてきた。なんであたしだけにこんな力があるのってずっと思ってる。でも、あたしは――!」


 俺の手をウェリカが掴んだ。刹那、膨大な魔力の気配が一気に身体を襲う。


「あたしが持っているこの力には、きっと意味があるって信じたい! この力があれば何かが出来るって、変えられるって、信じたいの!」


 ウェリカは俺を、真っすぐ見つめて言った。


「……だったら」


 俺は、もう片方の手で傍らにある墓を撫でながら言う。


「俺は妹の――フィオラの叶えられなかった夢を叶えてやりたい。フィオラが目指していた最強の風魔法使いって奴の姿をこの目で見てみたい。だから、俺に力を貸してくれ」


 そう言ってウェリカに真っすぐ頭を下げる。仮にウェリカが最強になれたとしても、この世にもうフィオラはいない。だからこれは所詮はただの俺の願望で、断られても仕方のない事だ。


 ウェリカは俺から手を離し、しばらく黙ったままでいた。


 夕日が徐々に、沈んでいき、辺りが暗くなる。


「仕方ないわね!」


 それからびしっと、俺に指をさしてきた。


「そこまで言うんだったら、さっさとあたしを最強の風魔法使いにしなさい! そうしてあたしが最強になったとき、ここにまたあたしを連れてきなさい! いいわね!」

「無理してないか」

「してないわよ!」


 即答だった。さっきまでの奥ゆかしいのは何だったんだ。


「ていうかあんた幸運よね! 赴任した先にこんな都合よく風魔法に適性ある天才美少女がいたんだから!」

「適性ありすぎて制御出来てないけどな」

「それはこれからあんたがどうにかしなさいよ!」

「お前が頑張らなきゃ意味ねえだろ」

「頑張るわよ! だからあんたもせいぜい頑張りなさいよね!」

「はいはい」


 俺が二回頷いた瞬間、一際強い風が墓地を吹き抜けた。


「ところでもう夜になるけど今から帰るの?」

「そうだな……」


 今から馬車に乗る事も可能ではあるだろうが、やはり体力の負担が大きいだろう。幸い明日も休日となっているし、焦る必要も薄い。


「……泊まるか」


 念のためウェリカの外泊許可を取っておいて正解だった。

 

「え!?」

「だって今日はもう遅いし、乗りっぱなし歩きっぱなしで疲れてるだろ」

「そうだけど……でも……」

「やっぱり貴族だと難しいか」

「難しくないわよ!」


 さっきの今で即答されると笑えないぞ。


「でももしいやらしい事したら容赦なくぶっ飛ばすから! いいわね!」

「お前なんかにはしないから安心しろ」

「なんかって何よ!? ちょっと!?」


 俺は頬を撫でる夜風の感触を感じながら墓地を後にする。


 こいつを最強にしたらまたここに来るから、その日まで待っててくれ。フィオラ。

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