授業4 学級委員決め→地獄の恋バナ

「今日はこのクラスの委員を決めようと思う。まず――」

「学級委員はクラウディア辺境伯の娘たるあたししかいないわよね!」


 椅子から立ち上がったウェリカが勝手に俺の言葉を引き継いで偉そうに立候補してきた。自分からやりたいと言ってくれるのは大いに結構だが一旦落ち着け。


「他のクラスは風紀委員だったり図書委員だったり美化委員なんかがあるみたいだが、このクラスは人数が少ないし作られた経緯も特殊だからクラスの代表である学級委員だけを決める……んだけどウェリカでいいか?」

「ボクはやりたくないからそうしてくれ」

「私もちょっと……」

「オルシナスは?」

「……」


 オルシナスは俺をじっと無言で見つめて何かを訴えてくる。


 ……なるほど。


「『学級の長にふさわしい人間はわたししかいない……』か」

「違う」

「違うんだ……」


 即否定されてしまった。


「じゃあウェリカ。お前が学級委員だ」

「ま、あたししかいないわよね!」


 多分ウェリカがやってくれるだろうと思ってはいたが、予想以上にあっさり決まったな。俺には押し付け合いか仕方なくかの記憶しか無かったからなんか新鮮だ。


「……ん?」


 良かった良かったと思っているとオルシナスがまだ俺をじっと見つめていた。口は真っ直ぐ閉じられているものの、いかにも何か言いたげな顔をしていた。


「どうした?」

「メーデル先生と…………何を話していたの」

「メーデル先生と?」

「廊下で話しているのを……見た……」


 ああ、職員室からそれぞれの教室に戻る途中のあれか。


「結婚式について色々と話してたんだよ」


 隠す事でも無いよなと思い、何気なく答えた途端、教室の空気が一変した。


 オルシナスが雷に打たれたかのように大きく目を見開き、今まで見たことのないような表情を見せた。結婚式に行くことがそんなに衝撃的なのだろうか?


「あんた……なに……しれっと言ってんのよ……」

「え?」


 ウェリカがぷるぷると震えながら指で俺をさし、唖然とした顔と声で言った。


 俺、今なんて言った?


「結婚式について色々と話してたんだよ」


 んー? 誰の? あー?


 ……あー!?


「いやいやいや違うぞ!? 俺とメーデル先生の結婚式じゃないぞ!?」


 言葉足らずだった事に気づく。


「ナモフーの迷宮で会ったカップルが結婚するらしくてその結婚式に誘われたから一緒に行きましょうねって話をしてただけであって俺とメーデル先生がそういう関係だという訳では決して無いからな!?」


 なんだろう。事実を言っているだけなのに言い訳しているような気がしてならない。


「随分焦ってるみたいだけど本当にそうなのかしら?」

「そうだよ!」


 ウェリカにジト目で見られながら言われたので全力で首肯する。やっぱり怪しまれてるじゃねえか!


「とは言っても今後結婚を考えるような関係に――」

「待てウェリカ。待ってくれ!」


 俺はウェリカの机の前まで行き、至近距離でウェリカの顔を窺う。


「メーデル先生は髪の毛がもふもふしてるし背も低くてほっぺもぷにぷにしてそうで小動物的な感じがしてすごく可愛い女性だとは思う。とは言ってもだ。その『可愛い』という感情はイコール恋愛感情にはならない。俺がそういった感情を抱くのはもっと、美人系で、色香があって、スタイルの良い女性なんだ。覚えておいてくれ!」


 元公爵子息が全力で講釈する。


「なんか必死に言い訳してるようにしか聞こえないんだけど」

「な……!」


 恥ずかしい気持ちを堪えて正直に告白したのに……。俺はがっくりと項垂れる。


「もし本当にそうなら、恋バナの一つや二つ出来るわよね? ね?」


 席を立ったウェリカが、床に膝をついた俺の顔を窺い返す。


「……言えばいいのか」

「出来るものならね。全く哀れなものね! 普段あたしに偉そうに指導しているあんたが! あたしに! 頭を! 情けなく! 垂れてるなんてね!」

「ウェリカちゃん……悪役令嬢みたい……!」


 なんでレイノまでテンションが上がっているんだ。君はこういう時止めてくれるこのクラスのオアシス的存在では無かったのか!?


「悪役令嬢は破滅するのが道理だから大概にしておきなよ」


 ストレリチアがよくわからないことを口走る。どういう立場なんだお前は。


「話せるものなら! 話しなさい! さあ!」


 俺はウェリカに起き上がらせられて教壇へと戻ると、ゆっくりと話を始めた。


「俺が冒険者だった頃……。今日も今日とてクエストをこなそうと冒険者ギルドに足を運んだ時……ある女の子の姿が視界に入った」

「続けなさい」


 席に戻ったウェリカが偉そうに促してくる。


「彼女は併設されている食堂の隅の席で一人泣きながら焼魚定食を食べていた。年も俺とさほど変わらないように見えたし、仲間もまだギルドに来ていなかったから俺は彼女に声を掛けに行った。話を聞くと冒険者ギルドに就職したばかりの見習い職員らしくて、上司に毎日詰められてばかりで辛く、自分にこの仕事は向いていないんじゃないかと思い始めているとの事だった。それを聞いて俺はすぐさま受付嬢をしていたその子の上司に彼女の頑張りも認めてあげて欲しいと言いに行った。今考えたら業務内容も上下関係もろくに知らない冒険者風情が突っかかるなって感じだけど、その頃の俺は彼女の力になりたいと必死だった」

「そんなにあんたのタイプだった訳? スタイル良かったの?」

「…………ともかくそれを機に彼女との交流が始まっていって、お互い暇な時間が出来ればその度に王都の街に繰り出して行って買い物を楽しんだり、劇場で歌劇を見に行ったりした。そうして日々を過ごしていたある日、高台から王都の夜景を一緒に眺めていた時、彼女が俺を好きだと言ってくれて、交際が始まった」

「キスはしたの?」

「……したよ」

「きゃあああああああ!!」


 ウェリカが両手で頬を抑えながら甲高い悲鳴を上げた。その反応に身体が火照っていくのを嫌でも感じる。そうなってしまった身体を冷やすためにも、俺は話を続けた。


「だけどいざ付き合い始めてみると相手の見たくなかった部分だったり、受け入れられない部分だったりも見えてきて……冒険者パーティーの方も少しずつ界隈で名前が売れるようになってきて、向こうから依頼が飛んでくるようになったりもした。そうして徐々にゆっくり一緒に過ごせる時間も減ってきて、すれ違う事も多くなった」

「え……」

「結果、今後のお互いのためにも友達に戻りましょうって事になって別れましたとさ。……以上」


 俺は教壇を降り、無言になった四人に向けて言う。


「恋ってのはなあ! 甘いだけじゃないんだぞ!」


 そしてドアを開けて、教室を後にした。


「アルドリノールくん? なんかすっごい顔赤いけど、どうかした?」


 階段を下りている最中、クインテッサに声を掛けられた。


「クインテッサ……胸を貸してくれ……」

「ええええええええ!? ま、待って! まだ心の準備とかが!」


 *


「あのお年頃の女の子って、恋愛絡むと豹変しちゃうからね……」

「俺は……どうすりゃ良かったんだ……」

「よしよーし……。不謹慎かもしれないけど……懐かしいな。アルドリノールくんが私にこんな風に甘えてくれたのって、あの夜以来だから」

「あの時……お前が側にいてくれたから……俺は……」

「私の方こそ、ここに来てくれて、ありがとう」


 その日の夜、俺は自室でかつての同級生に膝枕をされ、気の済むまで泣いた。

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