第11話

 休日、俺とウェリカは領内にあるだだっ広い平原を訪れていた。どこまでも続く雲一つない青々とした空と、地平線まで続く草原、呼吸をする度肺が浄化されるような澄んだ空気に優しく身体を温めてくれる太陽。


 願わくば何も考えず昼寝でもしていたいところではあるが、そういう訳にもいかない。


 ウェリカと二人でここに来た理由はもちろん、決まっている。


「もしかして、あたしにいやらしいことしたいの!?」

「なんでそうなる!?」

「だって可愛い貴族令嬢をこんな場所に連れて来させるなんてそういう理由しかないわよね!?」

「認知が歪みすぎだ!」

「違うの!? じゃあなんで連れて来たのよ!?」

「魔力操作の特訓だよ! 学校の近くでやったら影響が計り知れないからな!」


 なぜそれがわからない!?


「特訓? あんたとあたしの二人きりで?」

「ああ。他の三人は魔力の制御や操作に関しては問題なさそうだったからな」


 ストレリチアはピンクスライムに情けなく負けてたけど、自分で新しい魔法の開発が出来るくらいには魔力操作に長けている。作った魔法の効果についてはアレだが。


「……あたしだけ、問題ありとでも言いたいの」


 ウェリカが眉をひそめ、不愉快そうに言った。


「現時点ではそうだ。だがお前の魔力は三人よりも、いや、世界にいるどんな奴よりも遥かに上だ。適切な操作さえ出来るようになれば、お前が一番優秀で、最強になれる」


 俺は再び、ウェリカにそう言った。ウェリカは俺の言葉を聞くとそっぽを向いた後、振り向き直し、俺に指をさした。


「だったら、早くあたしを優秀で最強の美少女魔術師にしなさい!」


 *


「魔力腺から腕まで巡る、マナの流れを捉えろ」


 俺は目を閉じて両手を前に伸ばして集中しているウェリカに語りかけた。


「それを手の平から放出させて、想像を顕現させろ」

「顕現……」


 ウェリカがそう呟いた瞬間、ウェリカの手の平から旋風が巨大なドラゴンが羽ばたいたかのような衝撃と共に極太のビームとして放たれ、瞬く間に草原に太く長い一本の轍が作られた。


「きゃあああ!」


 ビームの衝撃に耐えきれなかったウェリカの足が宙に浮かび、結構な速度で後ろに大きく吹き飛んでいった。俺はウェリカが空中を舞っている間にその身体を抱きかかえ、彼女が地面に叩きつけられるのを防ぐ。


 しかしウェリカの華奢に見える身体は俺が想像していたよりもずっと重く、吹っ飛びの勢いを吸収しきれず、ウェリカを胸に抱いたまま背中から倒れてしまった。


「ごふっ」


 ウェリカに押し潰された肺から空気が漏れ、変なうめき声が口から出た。


「あ……だ、大丈夫!?」

「気にするな」


 ウェリカが起き上がりつつ俺を心配そうな顔で見つめてきたので俺は右手を真っ青な空に掲げて答えた。


「風以外の魔法も、試してみよう」


 *


「わ! すごい!」


 試しに風ではなく水を出してみようかと提案してみると、ややあってウェリカの右手から透き通った水の光線がビシャーと勢いよく流れ出てきた。凄まじい速度でビシャビシャと地面を濡らし続けてはいるものの、風よりかは幾分安全そうだった。


「この水、あたしが作ってるのよね!?」

「ああ。お前が大気中のマナから練って作った水だ」

「凄い! ねえ見て!」

「ちょ、こっちに向けるな!」


 勢いよく高速で出ている水流に当たると普通に痛いんだよ。


「じゃあ、これくらい弱くすれば……」


 と、ウェリカが水流の勢いを弱めた。うん。これくらいの弱さでチョロチョロと流れて出てるなら問題は無い。


 ……ん?


「制御出来てるじゃねえか!」

「え!? ほんとだ!」


 と俺が言った瞬間勢いが元に戻った。


「ぐああああああああああ!!」


 俺は強烈な水の噴射を真正面から喰らい、身体を強引に曲げられて激しくぶっ飛ばされ、地面に何度も頭を打ち続け、ゴロゴロと長距離を転がった。顔面を草に殴られた頃には、口に土と鉄の味が広がっていた。


 不意打ちとは……あの暴発お嬢様め……。


「い、癒やせ……」


 幸い何とか意識は保ったままでいられたので、回復魔法を使い応急処置を済ませる。にしても今日は空が綺麗だ。虹も架かっているし、鳥の群れが空を飛んでいる。


「あの、えっと、あたし、こんなことするつもりじゃ……」


 慌てて駆け寄って来たらしいウェリカが涙声になりながら俺の頭を持ち上げた。


「まだまだ時間は掛かりそうだな……」

「ごめん……」

「いいんだ。今ので今後の方針も定まったからな……」

「うぅ……みずでないで……」

「見捨てないよ……。せっかく希望の光が見えてきたんだから……」

「え……?」


 顔に零れ落ちる生温かい液体の感触を感じながら、俺は思う。


「風属性以外の魔法だ……」


 こんなの普通だったらやる理由が無い。だが、翡翠色の目の周りを赤くして、大粒の涙を流して泣いているこいつは普通じゃない。だから、これでいいし、これがいいんだと思う。


「これから、土、水、火、雷、氷、光、闇……これら七つの属性の魔法を学んで……極めていくんだ……適性以外の属性の方が……出力が低い分……容易に操れる……はずだ」

「つまり……風は捨てるってこと……?」

「違う……七つの属性をマスターした暁には……自ずと風属性も操れるようになっている……と思う……そしてお前は……名実ともに最強になれる……きっと……」

「すんごい希望的観測……」

「あぁ……仕方ないだろ。お前みたいなの他に誰もいないんだから」


 痛みが引いてきたので起き上がりながら率直に事実を告げる。


「そうよね……」

「でも、やってみる価値はある。現に水は一瞬だけでも操作出来てたからな」

「あんたがそう言うなら……」


 ウェリカが顔を拭いながら、俺に言った。


「これからあたしに……七つの属性の魔法を教えなさい」

「任せろ」


 俺は彼女の言葉に、頷いた。

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