第9話

「拝啓、うららかな日和が続く季節となっておりますが、カイリ様とリリサ様におかれましては、ますますご健勝のこととお喜び申し上げます。この度は、マソティアナ領での孤児院の創設という素晴らしいご報告を頂き、誠にありがとうございます。現在私は、ノコエンシス女子魔法学校にて、選りすぐりの才媛が集められた学級の担任教諭として勤務しております……はぁ」


 迷宮での授業を終えて学校へと帰宅した日の夜、カイリとリリサから正式に孤児院を設立したという報告の手紙が届いていたので、返信も兼ねてこちらの近況を書いているところだ。ちゃんとした手紙なんて長いこと書いてなかったからこれでいいのかと不安になる。


「自分で書いておいて何だが、選りすぐりの才媛って物は言いようだな……」


 と俺が呟いた途端、ドアが小さくコンコンとノックされた。こんな時間に一体誰だろうか。俺は筆を置き、ドアへと向かう。


「……ウェリカ?」


 ドアの先にいたのは、普段二つ結びにしている緑色でセミロングの髪を下ろし、私服に着替えているウェリカだった。私服は正面に猫の絵が描かれているふわふわとした材質のロングワンピースで、一見だらしなく見えながらも可愛らしさを感じさせる服装だった。


「こんな時間にどうした?」

「あの……その……」

「まあ……とりあえず中入れよ」

「うん……」


 俺が言うと、ウェリカはしずしずと部屋の中へと入っていった。


「これ、手紙?」


 机の上に置きっぱなしだった手紙を見て、ウェリカが尋ねてきた。


「冒険者だった頃の仲間から手紙が来たからその返事を書いてたところだ」

「ふーん……。なかなか綺麗な字書くじゃない」

「一応元貴族だからな」

「そ、そうね。貴族なら当然よね……」


 ウェリカが俺の書きかけの手紙を手に取り、軽く眺めて元に戻した。


 それからしばらく沈黙の時間が続いた。やがて俺がベッドの上に座り、横をポンポンと叩いてお前も座れと促すと、ウェリカも俺の左隣にゆっくりと座る。


「えっと……腕は、大丈夫?」

「ああ。あれくらいなら傷も残らない」


 袖を捲り、左腕の状態を見せた。既に傷一つなく、すっかり元通りになっている。


「良かった……でも、その……悪かったわ」

「お前のせいじゃない」

「でも……」

「並の魔術師の九百倍の保有魔力量だっていうならああなることもある程度は予測していた。……まあ、ほんの軽い魔法でも下手な魔術師の全力レベルになるのを実際に見ると流石に驚きはしたな。それにもし全力で魔法を放ったら一体どうなるのか……考えると恐ろしくもあった」

「そう……よね……」


 ウェリカが小声になり俯く。この反応からして前にも似たようなことがあったのだろう。魔法が使えない家系に生まれて、人より何百倍も多い桁違いの魔力を持ち、そのせいで意図せず破壊力の高い魔法を使ってしまい、終わればそこは嵐の爪跡。


 考えずとも、今までどういう扱いを受けてきたのかは容易に想像できた。


 だが、俺はクラウディア家の人間とは違い、魔法を使える。同じ魔法使いとして、彼女を支えられる。


 だから、俺は。


「精密な魔力制御が今後の課題だが、それは後でどうにでもなる。それよりも、お前には胸を張って欲しいと思っている。保有魔力量は努力ではどうにもならない、生まれ持っての才能だ。その点ではお前は紛れもない天才だ」

「天才……」

「それに並の魔術師の九百倍の魔力量なんて前代未聞だ。つまりお前は、今までいたどの魔術師よりも天才で、最強の存在になれるんだ」

「最強……」


 今まで誰も認めなかっただろう彼女の才能を、全力で称えた。


「つまり、世界を滅ぼせる存在にもなれるってこと!?」


 やっぱりそういう思考になるか。なんか声色も明るくなってるし、そんなに魔王になりたいのか。


「調子に乗るな。仮に滅ぼしたとして、その後どうやって生きていくつもりだ」

「それはその……天才で最強なら、どうにかなるわよね?」

「なってたまるか。それに今のお前はただの暴発お嬢様だ」

「暴発お嬢様!? あんたクラウディア辺境伯の娘になんて口聞いてんのよ!」

「事実だろうが」

「ま、まあ? 今はまだ蕾だし? いつか大輪の花を咲かせるし?」


 ウェリカはそう言って強がると、ベッドから立ち上がりキメ顔で俺に指をさす。


「だからあんた! ウェリカ・クラウディアという美しい花を咲かせるための水と光になりなさい!」

「何言ってんだお前」

「な!? 結構決まってたじゃない! あんたの適性水と光でしょ!? 植物育てるために生まれてきたようなものじゃない!」

「肝心の土がないだろ」

「それはそうね……土……土……あ、オルシナスでいいでしょ。あの子なんでも使えるし!」

「適当だな!」


 こいつ多分何も考えずに言ってるな。勝手に俺が生まれた理由決めつけてくるし。


「とにかく! アルドリノール! 天才美少女貴族たるあたしを最強魔術師にしなさい! いいわね!」

「まあ……努力はするよ」


 こうして俺はウェリカを最強魔術師にするよう命じられてしまったのだった。


 ひとまず、世界を滅ぼせるようになるその日までは頑張って教えてやるとしよう。

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