授業2-2 迷宮での実践
色々あったものの俺たちは岩肌を削って作られた通路を歩いていき、くぐり抜けなければ入れなさそうな迷宮の出入口付近までやってきた。相変わらずウェリカとオルシナスには前後左右から無数の視線を向けられているものの、四人集まっていれば学校の制服を着ていると認識されるのか、それとも俺が側にいるからか、声を掛けてくる冒険者はいなかった。
「そういや迷宮って何なの? 普通の洞窟とかと何が違うの?」
受付に手続きしに行ってくるかと思っていると、ウェリカが隣に来て尋ねてきた。
「一番の違いは冒険者ギルドが運営と管理をしているって点だな。生息している魔物も奥深くに行けば行くほど強くなるように管理されてたりするから、自分のレベルに合った魔物と戦える仕組みになってるし、いつでも冒険者が集まってるからお互い協力したり新しくパーティーを結成したりすることも簡単に出来たりする。それに追加料金を払えば経験豊富な職員が手伝ってくれる手筈も整ってるから安全安心に経験を積める。つっても……」
と、ちょうど出入口から大声とともに出てきた冒険者に目をやる。周囲の人間も何があったとざわめきながら様子を見ていた。
「ああああああ痛い痛い痛い痛い痛い痛ああああああああああいっ!」
「いくらなんでも無茶過ぎでしょ! 一人であんな魔物に突っ込むなんて!」
「だって行けると思ったんだもん! ああああ痛い!」
「まったくもう! あなたって人は……!」
出てきた冒険者は見た感じ若い男女のカップルらしく、男の方がボロボロになった服の前側を赤黒く染めて人目も気にせず号泣している。そいつの肩を女の方が甲斐甲斐しく支えている。
「おうぇぇぇ……」
「油断してるとああいう風になる」
口を両手で押さえながら美少女貴族が出しちゃいけない類の声を出しているウェリカに現実を突きつける。自分の実力を見誤ってこうなる人は迷宮に行けば毎度見掛けるから、周囲もまたかという反応だ。
「すみません! 誰か
女の方が大きな声で呼びかける。するとそれを聞いた職員らしき人が受付に何か言いながら慌てた様子で出入口に入っていった。恐らくここの回復役は既に他の冒険者に付き添って迷宮内に行っているのだろう。
「あ、だめ! 頑張って!」
「うわああああああん!」
男がもう立てなくなったと言わんばかりに地べたに座り込んだ。
「仕方ないな……。ちょっと行ってくる」
思いっきり目を背けていたウェリカとその後ろにいた他の三人に声を掛けた後「大丈夫さ」と言っておいて全然大丈夫じゃなかったいつかのカイリを思い出しながら、俺はカップルの方へと歩いて行った。後ろからオルシナスもついて来てくれているが、あれくらいなら多分俺だけでも大丈夫だろう。
「癒やせ」
俺は男の前に立つと、回復魔法を掛けてやった。すると男は何が起こったんだと言わんばかりにぱちくりと表情を変えた。
「え……傷が……塞がって……」
「無理はするな。んじゃ戻るぞオルシナス」
「待って!」
傷を癒して颯爽と去っていく謎の男になりたかったが、女の方に呼び止められたので立ち止まる。俺は結局呼び止められたら無視できない男なのだった。
「あの……もしかしてノコエンシス女子魔法学校の先生の方ですか!?」
「新任ですけど」
「その……私、卒業生で。ありがとうございます」
そうだったのか。五年の歴史があるみたいだし、領内ならそういう人もいるのが普通か。
「私、アーレットって言います。あ、あっちはオービンです」
「ご迷惑……おかけしました……」
アーレットがそう言った後、オービンが涙目で座り込んだまま頭を下げてきた。
「俺はアルドリノール。で、この……生徒は」
「……オルシナス」
オルシナスが俺の隣で無表情のまま名乗った。危うくまたこの子って言いそうになった。
「授業の一環……ですよね?」
「はい」
「私も最初は緊張したなぁ。でも……オルシナスちゃんは心配なさそうだね」
「……わたしは強い」
「あはは……魔力からして本当にそうみたいだね。あの……このお礼はいつかさせていただきますのでっ!」
「あまり無茶はさせないように」
「あはは……ほら行くよ!」
「ひぃぃ……ありがとうございました……」
そう言ってカップルは去って行った。なんか懐かしいなああいうの。今後も色々と心配になるけど。
「それじゃ、手続きしに行ってくるよ」
「……わたしは強い」
「……期待してるよ」
一件落着だなと思い改めて受付に行こうとしたら、オルシナスは俺の顔を真っすぐに見つめながら言った。実際、俺より強そうなんだよな……。
*
手続きを済ませ、四人を連れて迷宮の中に入ると、そこは出入口の狭さからは考えられない程広々とした空間が広がっており、壁にはぼんやりと様々な色の光を放つ鉱石がいたるところに埋まっていて、幻想的な空間が広がっていた。
「ふーん。中はこうなってるのね」
「すごい……! 迷宮ってこんなに綺麗なんですね……!」
「研究に使えそうなのはあるかな」
やっぱり慣れてるのか反応が薄いウェリカと違い、レイノは辺りを目を輝かせながら眺めていた。ストレリチアは自分の研究のことしか考えてなさそうだ。ちなみにこの鉱石なんかも基本的には採掘し放題だったりする。とはいえこの辺で取れるものは売ってもあまりいい値はつかないし、武器の錬成素材なんかに使うにも質が低かったりするので採っている人はいなさそうだ。そういやオルシナスは「倒してきた」。
「え」
「向こうにいたホーンラビット……。つららで急所を一刺し……」
と、俺に既に息絶えているらしくだらんとしたホーンラビットをぐいっと突き出してきた。とりあえず受け取ったがどうすりゃいいんだこれ。
「……わたしは強い」
「うん。でも、ちょっと早すぎるよ」
「うげぇぇ! 何持ってんのあんた!?」
「いらないならボクにくれないか?」
……とりあえず、手本だけでも見せておこう。
*
「魔法使いの戦い方の基本は、常に相手と一定の距離を保ち続けることだ」
それから魔物を探して出入口付近を回っていると、ちょうど良さそうな魔物――スライムがいたので俺はスライムと三メートル程度の距離を保ちながら四人に説明を始める。
「なんか青いのか緑なのかわかんない中途半端な色してるし、べちゃっとしてるし、気持ち悪いわね。顔も何考えてるのかわかんない顔してるし」
ウェリカがスライムを見て率直な感想を漏らす。スライムなんて大抵そんなものだと思いつつ、俺は身長の半分くらいの長さの杖を右手に持ち、先端をへらへらした表情をしてゆっくり動いているスライムに向けた。
「まずは弱い攻撃で怯ませる」
俺は弱い水魔法――スプラッシュを発動し、スライムに攻撃した。突然地面から吹き上がった水飛沫にスライムは堪らず怯み、動きを止める。
「動きが止まったのを確認したら、強い魔法で一気にとどめを刺す」
そして相手の内部で爆発を起こす光魔法――フォトンでスライムを消し飛ばし、破片が辺りに飛び散り、岩肌に粘ついた液体が付着する。
「とまあ、こんな風に弱い魔法で足を止めて、強い魔法でとどめっていうのが基本だな」
実際俺が魔物と戦っていたときにはいきなり強い魔法を放ってすぐに終わらせたりしていたが、慣れないうちは狙った場所に魔法を放つのも難しく気づけばスタミナ切れってことにもなりやすいので基本を踏襲しておいた。
「今度は君たちがやってみてくれ。杖は貸す」
道を進むとまたスライムが出てきたので、俺は四人に呼び掛ける。
「なら、あたしがやってみるわ!」
真っ先にウェリカがそう言ってきたので杖を渡して後ろに下がる。実際九百倍の魔力ってどんな感じなのだろうか。
「えっと……まずは弱い魔法からよね」
ウェリカは両手で杖を持ち、その先端をうろうろしているスライムに向けた。しかしそこから放たれたのはただの温くて優しいそよ風だった。これではいくらスライムだろうとダメージは与えられないだろう。
「む、むぅ……」
「イメージを膨らませろ」
俺はアドバイスをしてやる。言うなれば魔法はイメージの具現化だ。体内に取り込んだ魔力を手に集中させ、使った後の結果を脳内で想像し、そのイメージをピタリと掴み取れば自ずとそれは現実となる。とはいえ慣れていないうちはその想像するということもなかなか上手くいかないのだが。
「スライムの周囲の空気を渦巻かせろ。その渦は、そいつの体を引き裂く風の刃だ」
「風の……刃……」
ウェリカがそう呟いた刹那、全身が強張る感覚が走り、俺は瞬時に両手を突き出し、周囲を光の膜で覆う防御魔法――ホーリーバリアを発動させた。
膜の外に広がるのは、凄まじい空気の奔流がスライムどころか地面を、壁を、天井を、圧倒的な圧力で削り、捲り上げ続ける景色だった。どこから来たのかもわからない人の頭と同じくらいのサイズの岩が膜を突き破ろうとしてきたが、咄嗟に魔力を注いで凌ぐ。が、空気の刃に膜を横一文字に引き裂かれたのでまた注ぎ直す。破れたのは一瞬だったが、それでも凄まじい突風が身体を襲った。
「あ、えっと……これって……えっと」
ウェリカが膜の内側で困惑している。反応からして本人もここまで強い魔法を使うつもりは無かったのだろう。
「あの、あたし、こういうの、よくわかってなくて……」
「そうだろうな……これはもう上級魔法だ……」
「もっと弱い魔法にするつもりだったのに、なんでこんな……」
「これが九百倍か……はぁ……」
しばらくしてようやく風が止んだので、俺は魔力の放出を止める。発動が間に合ってなければ今頃どうなっていたことか……。地面は深々と抉れ、天井は高くなり、壁は所々不自然に砕かれて、辺りに無数の破片が散らばっていた。もし何も知らない人が来たらどんだけ強い魔物と戦ったんだよと思うだろうし、帰るときに事情説明しておくか。
「あ、あの……血が……!」
「え?」
レイノに指摘され、自分の身体を確認すると左腕に服ごと引き裂かれて大きな切り傷が出来ていた。見るとそこから赤い血が滴り落ち、地面にいくつも斑点を作っていた。膜を張るのに必死で気にしてる余裕は無かったからか、今になってズキズキと痛みが走ってくる。
「癒やせ」
俺は自分で自分に治癒魔法を掛け、傷を塞いだ。
「えっと……あの……」
「……次はわたし」
呆然とした様子のウェリカをよそに、オルシナスがそう言って俺の前を歩き始めた。
「気にするな」
「でも……」
そう言っておいたし実際気にしてもいないが、ウェリカの表情は浮かなかった。
*
「……痺れさせてから、燃やす」
オルシナスはあっさりとスライムを倒した。最低限の魔力と、最低限の動きと、最低限の時間で。
「……終わり」
「……すごいな」
俺がそう言うと、オルシナスは誇らしそうに鼻息を立てた。
やっぱり俺より強いよな、この子……。
*
「次は私……ですね」
レイノはホーンラビットに向けて杖を構え、闇の魔法でうねうねとした黒い触手を何本か地面に生やし、ホーンラビットの足を縛り、動きを止めた。魔力制御に関しては問題なさそうだ。
「あとは……燃やす!」
と、レイノが言った瞬間、ホーンラビットの身体が火に包まれた。しかし同時に触手が切れて――まずい。
ホーンラビットが歯を剥き出しにしてレイノを睨み、レイノは杖を落とす。それを見て俺は……え!?
「こ、来ないでっ!」
身体を燃やされて怒って突っ込んできたホーンラビットの顔面を、レイノは力のこもった右ストレートで殴り飛ばした。ホーンラビットは勢いよく壁に打ち付けられ、破片とともに地面にだらりと倒れた。
「た、倒した……?」
「……死んでるな」
ホーンラビットとはいえ、まさか女の子が拳一発で倒すとは……。これがまさに火事場の馬鹿力というやつだろうか。
「……ごめんなさい」
レイノは自らが倒したホーンラビットに付いていた火を手で払って消した後、そう言ってその場を後にした。
魔物にもそういうことを言うなんて、やっぱりいい子なんだな。
*
「最後はボクか。まあすぐに終わらせるとしよう」
「あ、待て。そのスライムとは戦わない方が」
ピンク色のスライムが道から出てきてやれやれといった感じで前に来たストレリチアを俺は慌てて制止する。
「なぜ止めるんだい」
「そのスライムは……危険なんだ」
「危険? どう見ても他のスライムと変わらないだろう」
「違うんだよ。とにかく他の魔物を探すぞ」
「くどい! もういい、さっさと倒す!」
「ちょ、おい!」
そんなに迂闊に近づいたら――!
「わあぁぁぁっ!?」
ストレリチアの身体をスライムが襲い、瞬く間にストレリチアの全身を包み上げる。
「や、やめっ……!」
「だから言っただろうが!」
俺は水魔法で強い水流を起こし強引にスライムを剥がすと、光魔法ですぐに消し飛ばした。
「つ、冷たい……」
「あーっと、これは……なんだ。うん」
「ひゃあああああ!?」
地べたに座り込んだストレリチアが今の自分の状態を確認すると、急に可愛い悲鳴を上げて身を捩り、両手を使って隠したいところを隠し始めた。
「ピンクスライムは、服の成分を溶かす成分で構成されているんだ。だから油断するとこういうことになる」
つまり今のストレリチアの状態は……言わなくてもわかるだろう。
「み、見ないでっ!」
「こうなる可能性があったから止めたんだよ」
「わかってたならもっと強く止めてくれっ!」
「止まらなかったお前のせいだろ!」
「……柔らかそう」
「な、なななななにを!?」
ぼそっとオルシナスが呟いた一言に、ストレリチアは激しく動揺した。
まあ……確かにそう感じるが、やっぱりライラには負けるな。うん。
「と、とりあえずこの状況をどうにかしろっ!」
「俺の白衣でも着とけ」
仕方なく俺は教師が着るよう指定されている白衣を脱ぎ、ストレリチアに着せてやった。ボタンも留められるところは留めてやって全身を見てみたが……上の方は隠せてないし、これはこれでなんだか扇情的だな。でもまあ……全裸よりはマシだろう。
「なんでボクだけこんな目に……!」
「自業自得だ」
涙目で見てくるストレリチアに、俺ははっきりとそう言ったのだった。
まあ……無事では済まなかったものの、迷宮での初めての実践はこうして終わったのだった。
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