授業1 魔法について
授業開始を告げる、鐘の音が鳴り響く。
「……よし」
朝、春に咲く花のように優しく花を撫でるいい香りがする廊下を端まで歩き、床に敷かれた絨毯も途切れた場所に位置している「アナザークラス」の教室の暗い木材で作られたドアの前で立ち止まり、白衣のボタンを留め直す。
今日、俺は教師として、初めて教壇に立つ。
……なんか先日から受け持つ生徒に振り回されていた気もするが、とにかく今日から俺は教師としてのスタートを切る。ゴールは一体どこにあるのか、その時俺はどうなっているのかは全くわからないが、走れるうちは走ってみることにしよう。
そうして俺は、ドアノブに手を掛け「アナザークラス」へと足を踏み入れた。
「あ……おはようございます……!」
「おはよう」
真っ先に右前の席に座っていたレイノが挨拶してくれた。本当にいい子だなこの子。相変わらずどこかぎこちないが、そのうち慣れてくれることを祈ろう。
「貴族たるもの、真面目に授業は受けてあげるけど、せいぜいあたしが退屈しないようにしなさいよね!」
「善処するよ」
続けて、左前に座るウェリカがいい子なのかよくわからない事を言い放った。とりあえず「退屈だから世界滅ぼすわ!」みたいな事になるのはなんとしてでも避けなければならないので頑張らなければ。
「……よろしく」
「よろしく」
ウェリカの後ろに座るオルシナスもちょこんと右手を挙げながらそう言ってくれた。ウェリカが喋ったら一瞬でかき消されるくらい声が小さいが、まあ良しとしよう。
それはともかく、全員の顔を見ていると、なんだか様子がおかしいのが一人いた。
「あー……その……ボ、ボクは……」
レイノの後ろの席にいるストレリチアと目が合った。と思ったらすぐ目を逸らされた。また目が合ったと思ったらまた目を逸らした。顔も若干紅潮しているしなんなんだ。
……もしかして。俺はいつかはたかれた左頬を撫でる。
「この前の事まだ気にしてるのか。俺はもう気にしてないからもういいよ」
失敗は誰にでもあるし、そもそも気にしてしまうと俺の首が危ないし。
「ボクが気にするんだよっ!」
「あんたら何やったの!?」
何も知らないウェリカがまた指をさしてくる。
「ちょっと!?」
「とりあえず……始めませんか? 秘密は誰にでもありますし……」
「そ、そうだな。ありがとうレイノ」
「い、いえ……」
事情を知っているレイノが助け船を出してくれて助かった。ウェリカは「むぅ……」と唸っているが、これ以上追及する気もなさそうなので良かった。
「それじゃ、今回は魔法の基本についてやっていく」
冒険者の魔法使い――魔術師なんかの中には、何で魔法が使えるのかよくわかっていないけど何となくの感覚で魔法を使っている人なんかも少なくないし、魔法を使う上で魔法の仕組みについて知っている必要は無いが、知っておくに越したことはないだろう。
「まず、魔法っていうのは、大気中に漂っていたり、物質に含まれている各属性の『マナ』を脳幹付近にある『魔力腺』から取り込むことによって、取り込んだ属性に応じた力を行使することをいう」
俺はそう言うと右手を横に突き出すと、手の平から光の球を生成し、それを握り潰した。
「この魔力腺っていうのがいわゆる魔法の才能ってやつを決めるんだが、個人差が大きい器官でな。それぞれの形状だったり機能によって取り込める属性や保有できる魔力量が全然違うんだ。で、それによって適性属性だったり、使える魔法が異なってくる」
「つまり、魔法が使えない人間は魔力腺が無いってこと?」
ウェリカが手を挙げて質問してきた。クラウディアにいる人間は魔法が使えない人が多いから気になったのだろう。
「そうだな。中には魔力腺を一切持たない人もいる。そういう人はマナを取り込めないから魔法が使えない。言ってしまえば、元々生まれ持ったものによるもので全て決まってしまうんだ」
だからこそ、魔法が使えない人間がコンプレックスを刺激され、魔法が使える人間に対して攻撃的になる――というのもよくある話だ。
わざわざ事実確認するつもりも無いが、そういう人が多いクラウディア領で、しかも人間の範疇にすら収まりきらない魔力を持つウェリカとオルシナスがどういう扱いを受けてきたのかは、想像に難くない。
「そういうのは遺伝で決まるの?」
「傾向としてはそうだとされている。ただ、魔術師の家系なのに魔法が使えなかったり、魔法が使えない家系からいきなり一流魔術師レベルの魔力を持った子が生まれてくるって話もある。……まあ、それでもお前みたいなのは聞いたことないけどな」
そもそも並の魔術師の九百倍の魔力を持つこと自体前代未聞すぎる。歴史に名前が残る宮廷魔導士なんかですら十倍かそこらだったって聞くしな。
「そう……わかったわ」
ウェリカはそう言うと、律儀にノートに色々と書き始めた。
「魔法を発動するにおいて杖や魔法陣を使ったり、詠唱するってこともされてるが、これは取り込むマナを調節する補助として主に使われている。例えば『水よ集まれ』と詠唱すれば水属性のマナを意識的に多く集めてより精密に水魔法を放つことが出来るし、杖を使えば効率的にマナを集めやすくなる」
「水よ集まれ」
オルシナスはそう呟いて立ち上がると、自らの頭上に丸い水の塊を浮かべた。
「……わたしは、水魔法が得意」
そして誇らしそうにドヤ顔を俺に向けてきた。
「わかったわかった。でもここで水魔法を使うと教室が水浸しになるからやめようか」
「……アルがそう言うならやめる。でもわたしは……水属性以外の全属性も得意……」
「すごいな」
「……」
オルシナスは俺の言葉に薄く微笑みながら、再び席についた。
「えっと……魔法の属性は全部で八種類……ですよね?」
やり取りを見ていたレイノが尋ねてきた。
「ご名答。魔法の属性は土、水、火、風、雷、氷、光、闇の八種類だ。理論上魔力腺があれば全ての属性の魔法を使うこと自体は可能だ。だがさっき言った通り人それぞれによって使いやすい属性というのは異なる。その人が使いやすい属性のことを適性属性というんだが、基本的には一つか二つとされている。だがこれも、人によってはどれにも適性が無かったり、三つも四つも持っている人だっている。ちなみにオルシナスのように全ての属性に適性を持っている人のことを冒険者界隈では
ちなみに適性属性は入学時の検査で調べられるらしく、オルシナス以外はそれぞれウェリカは風、レイノは火と闇、ストレリチアは雷と光と聞かされている。もっともウェリカに関してはそもそもの保有魔力量が桁違いなため事実上の
「あんたの適性は何なの?」
「光と水だ。ちなみにこの二つの属性の魔法には身体の傷を癒す魔法、回復魔法が含まれているから回復属性とも呼ばれている」
だから俺は「メルクネメシア」にいた頃は回復役として全員の傷をひたすら癒やしまくっていた。しかもその上魔法が使えるのが俺しかいなかったから手が空いたら後方支援なんかもやっていた。今思えばめちゃくちゃ働いてたな俺。
「魔法の種類には攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、補助魔法なんかがある。これについても人によって得意不得意があったりするな」
「……わたしは、全部得意」
「すごいな」
オルシナスはまたドヤ顔になった。いや本当に実際すごい。
……まあ、どうしてこんなにすごい能力を持っているのかという理由を考えれば、彼女が一体どういう仕打ちをされたのかを想像したら、羨ましいなどと軽々しく言うことは微塵も出来ないが。
「とまあ、基本についてはこんなところだな。実践的なことについては今度領内にある地下都市の迷宮に行く予定だからそこで色々教えていければと思ってる」
と、言ったところで終わりを告げる鐘が鳴った。
こうして俺の初めての授業は、無事に終わったのだった。
「ふぅ……」
「ま、初めてにしてはなかなかよくやったんじゃない?」
俺がため息をついて教壇の後ろにある椅子に座って一息つくと、ウェリカが口角を上げてそう言った。相変わらず上から目線なのが腹立つが、退屈はさせなかったみたいだったので、とりあえずよしとしよう。
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