第8話

「お陰でいい素材が手に入ったよ」

「ああ、うん……」


 ウェリカとオルシナスとお茶会をやった翌日、今度はストレリチアに連れられて学校近くの森で植物やら虫やらを採取させられた。そうして今は校舎に戻って使われていない部屋の中に二人きりでいるところだ。


 四方の壁は暗幕に覆われており、床には大きな白い紙が敷かれていて、でたらめに描いたようにしか見えない魔法陣があった。そうしてストレリチアは集めた素材を角度や量を考えながら床の魔法陣に置いているようだった。


「今から発動するのは、対象の相手の姿を自分の理想の人の姿に変える魔法だ。半月前からずっと考えていたとっておきの魔法だよ」


 なんだその魔法は。それより半月前ってなんか短い気もするが大丈夫だろうか。

 

「一応聞くけど、元の姿に戻せるんだよな。それ」

「理論上は数時間で自然に戻る。でも失敗したら一生そのままの姿かもしれない。結末は神だけが知っている」

「神頼みかよ!?」

「口答えをしないでくれ。ボクは早くこの魔法を使って…………もし成功したら先生もボクの身体を好きに使ってくれて構わないから黙って協力するんだ」

「もし!? もしの状態でやるのか!?」

「準備は終わった! 愛しの先輩よ、邪悪なる彼の者の姿を滅却し、我が眼前に顕現せよ! 鏡命変化きょうめいへんげ!」


 有無を言わさず、ストレリチアは両手を合わせて何だか欲望と悪意にまみれていそうな詠唱を唱えて魔法を発動した。刹那、魔法陣が煙とともに凄まじい光を放ち始め、その上に立っていた俺とストレリチアの身体を包み込んだ。


 そして目を開くと、目の前には冒険者ギルドの制服をきっちりと着こなした青髪を三つ編みにしたややつり目の女性が――ってライラじゃねえか! これが理想の人――って俺そんなに未練タラタラだったのかよ!?


「先輩……♡」


 いつか見たかもしれない恍惚とした顔と蕩けるような声を上げながら迫って来るライラ。いや待て。俺とお前は同い年だったろ! 先輩後輩とかの関係でも無かったし!

 

「……ん?」


 思わず後ずさった瞬間、自分の身体に強い違和感を感じ取る。手を見ると、明らかに俺の手ではない手が、そこにはあった。


「うわああああ!?」


 俺は反射的に、部屋から飛び出した。全身の感覚がいつもと違い、ふいによろける。今の俺の身体は何かがおかしい。


「あ、待って下さぁい!」


 ライラも不気味なくらい明るい声色で、俺の後をつけてきた。


「なんだ……この顔は……」


 廊下の窓から微かに反射している俺の顔は、俺の顔では無かった。そこに映る顔は、ふわふわとした癖のある茶髪をショートボブにした、目がくりっとした顔の女の子だった。気づけば服装もシンプルな白いワンピースに変わっている。試しに一応自分の胸を触ってみたら小さいものの間違いなく女の子のそれであった。


「本当に姿変わっちゃったよ!?」


 声を発した瞬間、自分の口を手で覆った。


「あー、あー。あー!?」


 声まで女の子になってる!?


「ずっと……ずっと会いたかったです……先輩……♡」

「きゃああああああ!」


 自分でもびっくりするくらい可愛い悲鳴を上げて、俺は本能の赴くままに――ライラ……の姿をしているストレリチアから逃げ出した。


 *


「どうしよ……」


 あたしは必死に階段を駆け上がり、咄嗟にアナザークラスの教室に駆け込んで、教壇に飛び乗って丸まって頭を抱えた。一体どうしてこんなことになっちゃったんだろ。やっぱり軽率に何でもかんでも引き受けちゃだめだよね。うん。


 あたし――違う。あたしは俺で、あたしじゃない。じゃああたしは誰? 俺はどこ? わかんない。


「なんか泣きたくなってきた……」


 ずびびびび。鼻水が垂れてきた。だめだめ、泣いちゃだめ。そう思ってるのに、思えば思うほどどんどん涙が目から溢れて、零れ落ちる。


「えっと……その……」


 顔を上げて、滲んだ視界に見えたのは、戸惑いを浮かべているレイノの顔だった。


「ここは……私たちの教室で……」

「ご、ごめん! そうだよね」


 ここは彼女たちの教室で、あたしがいるべき場所じゃない。じゃあ、あたしの場所はどこ?


「あ、いえ……。まだ授業は始まってないのでいても大丈夫だと思いますけど……」

「なら、もう少しだけ……」

「あ、見つけたわよ先輩! 今日こそ私の好きにさせなさい!」

「え!? ライラ!?」

「あの、どういう状況……?」


 走ってあたしを探していたらしい様子のライラがあたしを見て言った。なんだか、逃げないとまずい状況――「きゃああああ!」押し倒された。


「私は、この瞬間を! ずっと! ずっと待ってた!」

「ま、待って! 乱暴しないで! おねが――あ?」


 魔法が解けたらしく、俺は俺に戻った。なんだかさっきまで心まで女の子になっていた気がするが、それは気のせいだと信じたい。そして今の状況も、俺の気のせいだと信じたい。


「あー。えっと、そのー」


 仰向けになり、天井に突き上げた両手が、ストレリチアの胸を鷲掴みにしている。一旦冷静になろう。なるほど、男っぽい口調の割にはそれなりにあるではないか。まあ、ライラには負けるが。


「あ……あ……あ」

「わ、私……部屋に戻りますね……」


 さりげなくレイノが退室した。


「ば……ば……ばかものー!」


 ビンタされました。

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