第7話
クインテッサによると、十日後から今の体制で授業などを始める予定らしい。なので、今日のところはのんびり休んで移動の疲れを取ることにする。結局流れで教師をやることになってしまったが、任されたからには、引き受けたからには、しっかりと責務を果たすとしよう。
「――」
寮の部屋の窓から映る緑が生い茂る山々を見つめながら、俺は気持ちを新たにする。
「ちょっと――」
周囲に民家や店などが無い地帯に位置していることからある程度察してはいたが、どうやら生徒も教職員も学校の敷地内に併設されている寮で生活するらしい。冒険者だった頃はクエストで訪れた街の宿屋だったり適当な場所にテントを張って寝ていたりしていたので、久々の定住ということになる。
「……」
最も、これから教師としてやっていければという前提での話ではあるが。とりあえずのところはカリキュラムに沿って教えていけばいいみたいだが、果たしてあいつら相手にどこまでやれるのか――
「いい加減反応しなさいよ!」
「……」
などと考えていたら、あいつらの内の二人――ウェリカとオルシナスがなぜか部屋の中にいた。
「なんでここに?」
「今からあたしの部屋に来なさい! 叩き込んであげるから!」
ウェリカが俺に指をさして堂々と言う。確かさっき貴族が何たるかを俺に叩きこむとか言ってたな。でもなあ。
「貴族のことならもう大体知ってるからいい。あと疲れてるから休みたい」
「いいから行くわよ! 話があんのよ!」
「……行こ」
「えぇ……」
断ったのに二人に手を引っ張られて強引に連れ出されてしまった。
ま、俺もこいつらには色々聞きたいこともあるし、ちょうどいいか。
*
「あたしのお茶会に招待されるなんて滅多に無いんだから、光栄に思いなさい!」
連れていかれた先はどうやら学生寮にあるウェリカの部屋らしかった。そして俺は、綺麗に整頓されている部屋の中央にある円形のテーブルを囲っている椅子の上に座らされていた。
「…………招待に乗ってくれる人がいないだけ」
俺から見て右側に座っているオルシナスがぼそっと呟いた。それを聞いて正面に座っているウェリカがガタリと立ち上がりながらあからさまに動揺しだした。
「ちょ!? 何言ってんのよ!?」
「事実を言ったまで」
「……ま、まあ!? 参加させるに値する人がいなかっただけだし!?」
「……そういうことにしておく」
若干震えている声でウェリカはカップをテーブルの上に置いた後、スタンドの上に焼き菓子を乗せ始める。
「あたしおすすめの茶葉、ありがたく味わいなさい!」
そう言ってウェリカはカップに慣れた手つきでお茶を淹れていく。明るい橙色をしていて、香りも柑橘系でとても良く、確かにおすすめするだけのことはある。
「それじゃ、まず聞きたいんだけど」
ウェリカは座り直すと間髪入れず、こう切り出してきた。
「あんまり知らないんだけど、他の学校では貴族と平民は普通同じクラスにはならないのよね?」
「そうだな」
子供自身は貴族だろうが平民だろうが別に気にしていなくとも、周囲の大人がそれを良しとしないことは往々にしてあることだ。そうして子供自身も成長すればするほど身分で壁を作り始めていく。そのため貴族だけの学校や平民だけの学校も特段珍しいものではない。たとえ表向きは共学校だとしても、実際にはクラスだけでなく校舎自体が完全に分かれていることもよくある話だ。だから数少ない魔法学校である上、女子校だという前提があったとしても、身分に関係なくクラス編成がなされているこの学校はかなり珍しいと言えるだろう。
「国立魔法学校もそうなのよね?」
「ああ。校舎も同じで学ぶ内容にも差は無いみたいだったけど、クラスは分かれてたな」
「……だったらおかしいのよ。さっき理事長と話したら、学生時代あんたと同じクラスだったって言ってたの。まさか理事長が平民だった訳無いし、かといって冒険者だったあんたが貴族だとも思えない。これは一体どういう事なのか疑問なのよ」
「ああ……」
そういう事か。まあ、わざわざ言う必要も無いかと思ってたが、隠す必要も無いか。俺は少し甘い紅茶を一口飲んだ後、口を開いた。
「俺も昔は貴族だったからだよ」
「昔は……?」
「俺のフルネームはアルドリノール・レイクレイン。レイクレイン公爵の長男だ」
冒険者になってからは一々説明するのも同情されたりするのも面倒になってきて適当に誤魔化してきたから、こういう自己紹介をするのは何年振りだろうか。
「れいれいん……?」
「レイクレイン……って宰相もやってた、あのレイクレイン!?」
「そうだ。あのレイクレインだ」
オルシナスはわかってないみたいだが、流石に貴族ならこの年の子でもすぐにわかるか。
「待って。レイクレインって確か……その……」
「もう俺以外全員死んだ。家は取り壊されて、領地だった場所も今は周辺諸侯に割譲されてる」
「……どうして?」
「ちょ――!」
何も知らないのだろう、オルシナスが純粋な疑問をぶつけてきた。ウェリカが慌てるが、俺は大丈夫だと手で制する。
「十二年前、家の周りで『魔物化現象』が起こって――領民が続々と異形の魔物になっていって、混乱の最中死んだって聞いてる。実際何がどうなったのかは俺にもわからない」
その時俺は王都の別荘で暮らしていて、そこから国立魔法学校にも通っていたから。魔物化現象も未だに謎が多く発生する原因も不明だというし。
「当主だった父も死んで爵位も失われた。で、それからしばらくしてカイリ――仲間に拾われて、冒険者になったんだよ」
「そうだったのね……」
「色々大変なのかもしれないが俺たちも
「……わたしは、あらゆる魔物を殲滅するために造られた存在」
それから無言で各々お茶を啜って焼き菓子を手に取るという気まずい時間が流れていたが、やがてオルシナスがゆっくりと口を動かし始めた。
「だから……もし……アルが家族を殺した魔物に復讐したいなら……わたしが力になる」
「いや、魔物は騎士団に討伐されたって聞いてるし今さら誰かに復讐するつもりもないよ。それより造られたって?」
「なんかブーゲンビリアにある研究所で遺伝子操作とか人体実験とかされてたんだって。それを気の毒に思った研究者の一人がこっちに逃がしたの」
「ブーゲンビリアからか……」
ブーゲンビリア王国――こっちの国、バキア王国とはクラウディア領で隣接している国だ。昔からではあったが、二十年ほど前に王女が失踪した後に亡くなって以来、内乱が起こったり怪しげな組織が作られたり果ては魂を破壊するドラゴンが現れたという噂が出たりと不穏な話しか聞かなくなっている。だからこそ、彼女が持つぐちゃぐちゃな魔力も人為的に作られたものならとすぐに納得することが出来た。実際、高い魔力を持つが故に実験台にされていたというブーゲンビリア出身の子供ともかつて会ったことがあるからだ。
「ドクターに……ここで色々学んでこいって言われた」
「そうか……」
オルシナスはそう言った後、慣れない手つきでカップを持って紅茶をちびちびと再び飲み始めた。そんな姿を見ていると、こういう子に何かしてあげたいというリリサの気持ちが、今になって改めて理解できたような気がした。
「オルシナスとはね、前々からよく遊び相手になってもらってたの。その研究者と一緒にうちの領地で暮らしてたから」
「クラウディアには……魔法適性がある人……全然いない……だから……」
「ちょ! それは――!」
確かそうだったな。クラウディアは魔法が使える人が全然いない代わりに工業が発達して国内でも有数の……って感じだったな。いや待て。ちょっと待て。
「じゃあなんでお前は……?」
「……よくわかんないのよ。なんで魔力を持たない家系であたしだけが、しかも並の魔術師の九百倍の魔力を持っているのか」
「……は?」
今、何て言った?
「入学時の検査でそう言われたの。でもいまいち実感湧かないのよね。他の人がどんな感じなのかあんまり知らないし」
「そうだったのか……」
少なくとも現時点では世界を滅ぼせないということか。とりあえず一安心だ。それにしても九百倍か。俺でも精々平均の三倍くらいだし、想像がつかない。もし全力の力で最上級魔法を放ったら一体どうなってしまうのだろうか。
「だからこれからあたしを最強の魔術師にしなさいよね!」
……やっぱり安心できないかもしれない。
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