第6話
「それじゃ、私は手続きしに行ってくるから! ウェリカちゃんたちの教室は五階にあるからよろしくね!」
「だからまだ決めた訳じゃ――あ」
二階まで上がったところでクインテッサがそう言って去っていってしまい、踊り場には俺とウェリカが残された。もしかしなくてもこのまま流れで俺は教師になってしまうのだろうか。
……俺の人生、いっつも何かに振り回されてばっかりだな。
「君はいいのか。俺が担任になっても」
俺はため息をついた後、真っすぐに背を伸ばした綺麗な姿勢で階段を上がり続けているウェリカに尋ねる。やっぱりこういう所はちゃんと貴族らしいな。持っている魔力は貴族どころか人間のそれでは全く無いが。
「そもそもあんたにあたしの担任が務まるのかしら?」
「さあ」
「さあ!? 何他人事みたいに言ってんのよ! あたしを教える気があるならもう少ししゃきっとしなさいよね!」
「つっても前職冒険者だし、教師の経験なんて無いから実際やってみないとわかんないんだよな」
「ふーん……冒険者だったのね……ふーん……」
ウェリカはそう呟いてしばらく考え込むようにして黙った後、こう言ってきた。
「ま、あんたみたいなのが案外教師に向いているのかもしれないわね」
*
ウェリカの背中を追って階段を上がり続け、廊下の端まで歩くと「アナザークラス」と手書きで書かれた紙が貼られている教室へと辿りついた。
……いや、ここは教室か? 俺の勘違いだったらそれでいいが、物置き場か何かだった場所を慌てて教室として使えるようにしておきましたという感じがしてならない。歩いている最中見かけた他の教室とはドアの作りも違うし距離も遠い。
「ここがあたしたち、アナザークラスの教室よ!」
教室らしかった。ウェリカがドアノブを捻って(他の教室は引き戸だった)教室へと入っていったので俺も中へと足を踏み入れた。
「……」
「あー……えっと……」
入った途端、室内の様子を見る前に白と黒が無数に入り混じっている独特な髪色をした小柄な女の子が目の前までやってきて、まだ幼さが抜けていないあどけない顔で俺をじっと見つめてきた。
「この人があたしたちの担任になるらしいわよ、オルシナス」
その子の隣でウェリカがそう言った。だからまだ決めた訳じゃないんだけど……。
「わたしたちの……先生……?」
「なんかそういう事になりそう」
「……わたしはオルシナス」
「俺はアルドリノール」
「あ……あるど……あるどれ……あどれなりん?」
「アドレナリンじゃなくて、アルドリノールな。長いからアルって呼ぶ人もいる」
「……アル」
見た目もだけど、喋り方も雰囲気も随分独特な子だ。そして、滲み出ている魔力がやっぱり異質すぎる。何というか、色んな人の魔力をぐちゃぐちゃに継ぎ足して混ぜ合わせたような、そんな気配がする。
「……」
「……」
「あ、じゃあ私も……」
オルシナスとしばらく無言で見つめ合っていると、黒髪で眼鏡の女の子が椅子から立ち上がりこちらへとやって来た。この子の魔力は――普通だ。普通過ぎる。他の二人が異質すぎるからそう感じているだけなのかもしれないが、少なくともその二人よりかは常識的な範疇に収まっている。
「レイノといいます。もしかしたらこのクラスだけ担任無しになるかもしれないって聞いてて……来て下さってありがとうございます」
「ああ、うん……」
「良ければその……このまま先生になって下さると嬉しいです」
なんだこの子は!? ちょっと笑顔がぎこちない気がするけど普通にめっちゃいい子じゃないか!
「レイノが嬉しいなら……わたしも嬉しい」
無表情だし本当にそう思っているのかはよくわからないが、オルシナスもそう言ってくれた。彼女は背が低くて顔も幼くて――なんだか―――――めっちゃ撫でたくなる。
「もしかして、ボクも言わなきゃいけない流れかい?」
撫でようかと考えているともう一人、席を立ちこっちに向かって来る生徒がいた。肩の上で切り揃えられた亜麻色の髪の子だった。やっぱり元は物置だっただとと言いたくなる教室の様子を見るに、どうやらこの四人がここのクラスの生徒のようだ。席も四つしかないし。
「ボクはストレリチア。研究の協力さえしてくれるのなら誰が担任だっていいよ」
「研究?」
「新しい魔法の研究だよ。今度素材の採取に行くつもりだから手伝ってくれ」
なんかこいつも偉そうだな。魔力も……あまりにも異常、というほどではないがかなりのものを持っているように感じる。
「ここまで来たら、担任になるわよね? ね?」
ウェリカがなぜか食い気味に聞いてきた。もしかして。
「お前も俺が担任になって欲しいのか?」
「お、お前!? 貴族に向かってお前!?」
「ああごめん。つい」
貴族貴族言ってるけど、なんか貴族っぽくないし。
「ついじゃないわよ! もういいわ! これからあたしが貴族とは何たるかを叩きこんであげる!」
「わたしにも……叩きこんで」
「なんであんたにも!? ま、どうしてもっていうならしてあげてもいいけど!」
「どうしても」
「待て。その前にボクと一緒に植物採取に行こう。研究に必要なんだ」
「あたしが先よ!」
「ボクが先だ」
「……」
「ああ……うん……」
グイグイと迫って来る三人の迫力に思わず後ずさる。そしてレイノに目で助けてくれと訴える。
「えっと……こんなクラスですけど、よかったらお願いします……」
「手続き終わったよ!」
レイノの苦笑いを見ていると勢いよくドアが開き、それと同時にクインテッサのそんな明るい声がした。
「もう仲良くなってるんだ! なら安心安心! これからまたよろしくね、アルドリノールくん!」
「いやぁ……うん……」
こうして俺は、ノコエンシス女子魔法学校の異分子が集められたクラス――アナザークラスの担任となってしまったのであった。
「理事長、知り合いなの?」
「うん! 国立魔法学校の同級生でね――」
……まあ、やれるだけのことはやってみよう。
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