19

 胡桃沢の部屋は案外と綺麗だった。とりあえず荷物を置き、案内に従って離れの方へと向かった。

 母屋に繋がる短い廊下を渡り、胡桃沢の開いた扉の向こう側を覗いて若干引いた。

 物が異様に多かった。隅には雑誌や何かわからない段ボール箱が積まれていて、年代物の置き時計がその上に更に置かれてあった。部屋の奥には木彫りの置き物に雛人形まである。おじいさんが物を溜め込む性質らしいと聞いてはいたし、部屋を見るだけでも実感できる有り様だ。

 誰かいるのだと思い恐る恐る踏み入ったが、

「じいちゃん入院したんだよ、だから漁りたい放題」

 軽く否定された。

 身内の話のはずだが胡桃沢は平気な顔だ。迷う様子もなく中を歩き、押し入れの襖をシャッと開いた。新聞が数枚、バサバサと落ちてくる。広い上げると平成一桁の時期の新聞で、端が多少黄ばんでいた。

「年代バラッバラに置いてあるからさー、けっこう大変なんだぜ」

「そうみたいだな……手間掛けさせて悪い」

「いーいー、お互いじゃん、これに関してはさ」

 それはその通りなので肯定のみで話題を打ち切る。胡桃沢は押し入れの奥からまだ仕分けていないらしい新聞の束を取り出して、おれの足元へと無造作に放り投げた。その後、華やかな着物姿のままで対面にあぐらをかいた。シワになるんじゃないかと言ってはみたが、私の持ち物だし、と流された。

 しばらく無言で作業をした。昭和年代は読まずに横へ退け、家の火事付近の日付けのものを探した。

 とはいえ、大半は胡桃沢がすでに調べているようだった。まだまともに確認できていないのは火事以降の記事、火事とは直接関係なさそうに見えても引っ掛かる記述のある見出しがないかどうかだ。

 数時間仕分け作業に専念したが、胡桃沢が途中でふと口を開いた。

「何回かあるしょうもない不審火とお前んちの火事って、犯人一緒なのかな?」

 少し考えるが、

「おれは違うと思う」

 感じているまま口に出すと、胡桃沢は首を傾けた。

「それはなんで?」

「火事自体の規模と、お前からもらった新聞記事読んだ上での感想」

「あー、私こうやって仕分けはするけど記事読んでねえわ」

「そうだと思った。なんていうか、ボヤの方は時間帯がランダムだし、家そのものが燃えそうな火はないんだよ。だから別に見える。……でも、そう見せかけているだけかもと思う気持ちもなくはないし、ライターの鈴谷が書いた記事は同一犯って趣旨だった」

「別か同じか……いくらでも想像できちまうし、捕まえて聞いてみねーとわかんないなこれ」

「おれが探してるのは家の放火犯だから、ボヤ側の方はどうでもいいけどな」

 話している間に紙面の文字が判別しにくくなってきた。顔を上げると、窓の向こうはいつの間にかずいぶんと暗くなっている。

「凪、メシ食ってく?」

 数枚の新聞を差し出しながら胡桃沢が聞いてくる。

「むしろ泊まるか? 夕也おにーさんとは超気まずそうだったし」

「……そうしてもいいかなと思うくらいは気まずいな」

「私はどっちでもいいぜ。でも行方不明っつって警察沙汰とかにされても困るし、泊まるって連絡は流石に入れろよな」

 そうなると恐らく帰ってくるように言われる。胡桃沢は察した顔で溜め息をついた。どーすんの、と続けて問われて考える。

 明後日は鈴谷と会う約束がある。おれ一人ではなく、夕也も連れて行く方向で話が通っていた。それを思うと帰宅しておいて、多少安心させておきたい。更に気まずくなった状態で夕也と行動はしたくない。

 鈴谷がどんな人物かはわからないが、おれたちの気まずさを不審に思われると聞ける話も聞けなくなるかもしれない。一番避けたい事態だ。

「……帰るよ。新聞記事も、いくつか掘り出せたし」

「その方がいいだろうなあ」

 胡桃沢はうんうんと頷き、着物の裾を押さえつつ立ち上がる。

「じゃあま、夕也おにーさんによろしく! 面倒なことになりそうだったら私を言い訳に利用しとけばいいから」

「ああ、そうする」

「そっちはそっちで、三学期も引き続き警備員よろしくな」

 わかってるよと答えつつ、仕分けた新聞記事を持って立ち上がる。

 片付けはしておくと言われたので任せた。部屋に鞄を取りに戻り、玄関を出ると、外はかなり暗かった。

 玄関まで見送りに来ていた胡桃沢は、夜の中で手を振っていた。その姿だけを見ればごく普通の、見た目のいい同級生だ。胡桃沢とおれが連れ立っているのが気に食わないと難癖をつけてきた相手が一人だけいたなと思い出す。階段の下へ蹴り落とした後のことは知らないが。

 手を振り返して、背中を向けた。冷えた風が剥き出しの頬を刺していく。帰路を辿る足取りはまったく軽くない、でも早く帰宅して受け取った新聞記事を確認したい。

 そう色々と考えるが、家に近付くにつれて夕也のことばかりが脳裏に浮かび始める。

 胡桃沢を選んだ時の不意をつかれた顔が勝手に思い出されてつい舌打ちが出る。ショックを受けるようなことじゃないだろ、と独り言も漏らしてしまう。それがまた舌打ちに変換される。そんな行動で苛立ちが消えるわけもなく、家の玄関前に着いた時にはもうほとんど怒っていた。

 中に入らず、電気のついていない二階と、光の漏れている居間の窓を交互に見る。家の中には夕也しかいない。親は二人だけでどこかに行って正月の間は帰ってこない。腹は減った。あいつのことだからおれの晩飯は用意しているだろう。甘えだと自覚してはいて、その情けなさを余計に夕也にぶつけているのだとおれはわかっているけど夕也は、わからない。透兄さんの面影を追っているせいで余計に干渉してくるのかどうかも話し合わないから知り得ない。

 しばらくそうやって考え事をしていた。しかし玄関前で立ち止まっていても仕方がなく、息をついてから玄関扉に手をかけた。

 この後に更に気まずくなりかけるとは思ってもいなかった。

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