エピローグ

エピローグ

 ローファスは、朝から訓練に勤しむ生徒の姿を眺めていた。室内訓練場でのみ許可した闇の精霊の肉体変化を使い、エクレスはロシェと組み打ちをしている。


 巧みなロシェの剣技も、闇の精霊の加護により身体能力が強化されたエクレスを相手にすると、少々分が悪いようだ。それでも、持ち前の勤勉さと、それに裏打ちされた技術で、徐々に対応していっている。


 アストル、ルシアのふたりは、グレイシスの監督の下で武器の素振りだ。あまり組み打ちに向いていない、魔法の得意なふたりなので、ロシェ、エクレスが組み打ちをしている間は、それが基本のメニューとなっていた。


 隣で、コース長が頷く。


「うむ。なかなかええなぁ。あの日から、エクレスとルーシャの目の色が変わったし、それに呼応して、アストル、ロシェのふたりもますますがんばっておる」


「一時は、どうなることかと思いましたがね」


「当てこするなよ。お前さんじゃ、ここまで丸く収められなかったろ」


「それも事実なのが、腑に落ちなさを加速させるんですがね……」


 ローファスは嘆息した。めちゃくちゃなことばかりやるコース長だが、たいていの場合問題は解決され、ちょうどいいところに着地してしまう。


 コース長は髭をいじりつつ、言った。


「これから、忙しくなりそうじゃ。エクレスから伝え聞いた、アーシアの言っておったことの裏をとって、各地の調査済みの遺跡を洗い直し……まだ眠っておる遺跡も調べねばならん。かぁー、たまらんな」


「そうですね」


「強がれば、面白くなってきた、というところかの。こやつらもおるし」


「強がりも甚だしいと思いますがね。結局私たちは、なにも分かっていなかった」


「じゃなぁ。ま、失点はこれから取り返すぞ。さすがに老人ひとりには荷が重いんでな、これからたっぷりとこき使ってやるから、覚悟しとけ」


「誰が老人なんだか……。それに、いついかなるときでも、こき使われてばかりですけどね、こっちは」


「そう言うな。かっかっ――」


 こちらが何を言おうと動じないというのは、もはや身に沁みて分かっている。機嫌の良さそうなコース長から視線を外す。それから、ポケットからペンダントを取り出した。手の中に、それを転がす。


「捜しに行きたいか? ボウズ」


 しばらく、ぼうっとしてしまっていたのか、その声に驚いた。


 ローファスは、かぶりを振る。


「いいえ。行くならば、彼らと一緒に。こうして、彼らを教えていれば、そのうち、また会いそうな気がします」


「そうじゃな。わしも、そんな気がするわ」


 それきり、コース長は、空間跳躍で姿を消した。


 誰もいなくなった空間に、肩をすくめる。それから、ペンダントに目を落とした。


 ――涙の石。精霊石。かつては、地の底で暗黒に染まっていたもの。


 アーシアの身に、いったいなにが起きたのか。それを考えなかった日はない、と言えば嘘になるが、忘れ去ることも、できるわけがなかった。


 もう一度彼女に会えると、本気で信じていたわけもなかった。歳を取って、弱気になった。諦めてしまえば、楽になると思ってもいた。


 だが、今回の事件で躍動した生徒たちの姿に、忘れていたものを思い出した気分だった。すでに教官役などが板についてしまっているが、自分も本質は、冒険者だったのだ、と。


 ――思えば、教官となってからの自分は、生きる屍のようだった。


 だが、エクレスと再会し、彼と話して、ローファスの中で様々なものが色を取り戻していった。エクレスだけでない。五班の生徒たち、全員が大きな刺激になった。


 年を取り過ぎた、などとは言っていられない。信念に燃える子供たちを導く大人が、それ未満の情熱でいてどうするのか。


 ローファスは、ペンダントを強く握り締めた。


 ルシアを助けるために、エクレスたちと闇を駆けている間、焦燥に取り憑かれていたことを思い出す。ルシアが無事であることを認めて、歓喜したことを思い出す。


 そして、闇を克服し、光を従えたエクレスとルシアのふたりを見て、魂が震えたことを思い出す。


 孤独な光の神の涙によってもたらされたものが、この世界だとしても。ヒトは、手と手を取り合って、前に進むことができる。


 その前途は、きっとどこまでも開かれているのだ。意思ある限り。


 ローファスは、ペンダントをポケットに押し込んだ。


 意識していつもより声を張り、ふたりへ呼びかける。


「よし、エクレス、ロシェ。組み打ちをしよう。私を相手に、連係の確認だ」


「はい」


「分かりました」


「教官! 俺は? 俺たちは? もう腕、プルプルなんすけどぉ!」


「お前はまだ始めて三十分だろうが」


「ひい! 鬼! 鬼教官!」


 言ってきたアストルは、グレイシスに尻を叩かれ、姿勢を正されていた。それを見て、ルシアが笑っている。


 ローファスも小さく笑ってから、木剣を取った。目で、ふたりを促す。


 即座に左右から、上下のコンビネーションを交えて攻撃を繰り出してくるふたりに、舌を巻く。相手が対処しにくい戦い方を、まだ教えてもいないのに使ってきた。


 それを受け止め、いなし、まずエクレス、次にロシェと軽く剣で叩く。まだまだ甘い。


「君たちを指導していると、私も刺激になるな。若返った気分だ」


 ロシェは、目を鋭くした。


「アーシアさんくらいに若返らせてあげますよ。いくぞ、エクレス」


「ああ、分かった」


 そのやる気の強さに、ローファスは喜びを感じた。


 この班であれば、先になにが待ち受けていようと、乗り越えられるだろう。願わくば、彼らの隣で、全てを見届けたい。


 ――先は長いがな。


 なにしろ、冒険どころか、冒険者コースがまだ始まったばかりなのだから。




                               ――了――

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