#9

 エクレスも見やると、メイが、皿を持って、こちらに歩いてきていた。


「メイ」


「にいちゃん。これ、どうぞ。おねえちゃんたちも」


 それは、パンケーキだった。立っている姉にも全く頓着しない様子のメイに、ほっと息をつきつつ、答える。


「ありがとう、メイ」


 エクレスは皿を受け取り、パンケーキをフォークで切り分けた。少し食べて、皿をルシアに渡した。彼女も、おいしそうに食べると、それを姉へ回した。姉も、遠慮なくそれを食べた。


 それから、ルシアが聞いた。


「あの、お姉さん」


「なに?」


「あの……お姉さんは、私たちの味方なんですよね」


「ええ、そうよ」


「じゃあ、あの……一緒に、戦いませんか?」


 言われて、姉は微笑んだ。


「一緒に?」


「ええ。ダメなんですか? ローファス教官もいるんですし……」


 そのルシアの言葉に、姉はゆるくかぶりを振る。


「私は、一人で行動するわ。ルーシャちゃん、エクレスのことを、お願いね」


「どうして?」


 それは、エクレスの言葉だった。姉はまた、遠くを見る。


「私は……私自身を、まだ許せていないの。あの晩、ひとりで逃げて、ひとりだけ助かったことを、ね。エクレスだけは助かったけれど、それは私が助けたんじゃない。あなたを守ると約束したのに、守れなかった……父さんも、母さんも」


「そんなの――」


「つまらないこだわりよ。でも、エクレス、あなたなら分かるでしょう? あなたの姉は、とっても頑固で、気に入らないことがあったら、絶対に引き下がらないって」


「でも」


 食い下がろうとしたエクレスに、姉は意地悪な笑みを浮かべて言った。


「エクレス。そもそも、あなたはさっきお姉ちゃんから勧誘してあげたのに、あっさりとそれを蹴ってくれたじゃない?」


「うっ……」


 痛いところを突かれ、たじろぐ。敵か味方かもまだ分からなかったのに、あんな顔であんな悪役丸出しのセリフを吐かれたら、誰だってまずは拒絶すると思うが……。


 押し黙るしかないこちらの反応を満足そうに見て、姉はそっとこちらに歩を進めた。ぽんと、エクレスとルシアの肩に手を置いて、口を開く。


「それでいいのよ。エクレス。あなたには、ルーシャちゃんがいる。班員のみんなに、コース長のおじいさん、教官のグレイシスさんに、ローファスもいて、冒険者コースの他の班員の人たちだって、力を貸してくれる」


 それから、額にキスをしてくる。


「あなたは、ローファスや、みんなの言うことを聞いて、しっかり勉強しなさい。ね?」


 それから同じように、ルシアの額にもキスをする。


「あなたたちが危なくなったり、私が危なくなったら、きっと手を貸すし、借りようとするわ。私はひとりで自由にできることが、一番の長所だから。あなたたちと一緒に居たら、起こる危機をみすみす見逃してしまうことになるかもしれない。それは、絶対に許されないことなのよ」


「アーシアさん……」


 ルシアは、決然と言った。


「約束ですよ。私たち、絶対に……強くなりますから」


「ええ。期待しているわ」


 姉はまた微笑むと、すうっと姿を消した。それから、虚空に別れの挨拶を残して、どこかへ行ってしまった。


 エクレスは、ルシアとその場に残されて、ふと、ぽかんとお皿を持ったまま立っているメイのことに気がついた。


 ルシアも取りなすように、しゃがみ込んでメイの頭を撫でた。


「メイちゃんは、かわいいね。お兄ちゃんのこと、好き?」


「すき! さっきのおねえさんも、おねえちゃんのことも、すき!」


「うーん。メイちゃんには、敵わないな。私がやっと気づけたことも、メイちゃんは少しもためらわずに、言っちゃうんだもんなぁ」


 なんのことかは分からないだろうが、メイは得意げに笑った。


「メイ、えらいでしょ?」


「ああ。えらいよ」


 エクレスも、メイの頭を撫でる。それから、三人一緒に、村に戻った。

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