#7
姉は村の方を流し目に見ると、続けた。
「ローファスに相談する、っていう手もあったかもしれないけど……彼を巻き込みたくないと思ってしまった。私たちの村に関する問題でしかないとも思っていたし、なにより、彼を愛していたから。そして、あの晩……あなたを寝かせた後、襲撃があった」
そこまで語ると、姉は瞳を閉じる。
「あっという間だったんだと思う。数人がかりで、複数の見張りを一息に殺して……私が気がついて部屋を出たときには、もうお父さんも、お母さんも殺されていた」
「姉さんは、あのとき、どこに?」
訊ねると、姉は自嘲の笑みを漏らした。
「私はね、逃げたの」
「逃げた?」
「ええ。部屋を飛び出して、殺された父と母を見て、混乱して……私も攻撃されたわ。でも、ローファスからある程度の身のこなしなんかを教わっていたから、致命傷は免れた。それでも、深い傷を負ってしまった」
言って姉は、ローブの前面を解くと、その下に着ている服をまくり上げた。真っ白な腹部には、巨大なナイフでつけたような三条の傷跡が残されている。
「ひどい……」
ルシアが言う。姉は服を戻すと、微笑んだ。
「消そうと思えば消せるけれど。あの日のことを決して忘れないために、この傷跡は残してあるの」
告げてから、彼女は言い直す。
「切り裂かれながらも、私はなんとか逃げようとして……あなたのことを置いてね。あなたを、守るために村に残っていたはずなのに、全てを置いて、私は私の命のために、逃げ出した……絶対に、死にたくなかったから」
それを、責めるつもりは一切なかった。だからこそ、こうして生きて再会できたのだから。むしろ、よく逃げ延びてくれた、と思う。
ふと、浮かんだ疑問があった。
「姉さん。もしかして、姉さんの力は、そのときに?」
「ええ。なんとかして、追っ手を撒こうとして。死にたくないって、なんでもいいから必死に祈りを捧げて。そうしたら、どういうわけか身体が透明になったの」
言って、姉はまた姿をかき消してみせる。今度は、再びすぐ現れて、続ける。
「そうして追っ手を撒いた後、いつの間にか、傷も塞がっていて……私は村に戻ったわ。全員死んでいて、誰もいなかった。エクレス、あなたの姿もなくて……私は、全てを失ってしまったんだと思った」
「ぼくは、教官に……ローファスさんに助けられたんだ」
「ええ、知っているわ。見たことのない足跡があったから。それでふと、ローファスのことに思い当たって……あなたが彼に救出されたことを知って、泣きそうになったわ。本当に……本当に、よかったって」
その時を思い出したのか、姉は軽く目尻を拭った。
「姉さんは、ぼくが生きていることを知っていたんだ?」
「ええ。あなたは知らないでしょうけど、あなたが昏睡している間、ずうっとそばにいたんだから。姿は消していたけどね」
そうだったのか、と、今度はエクレスの目に涙が滲んだ。
――光の神でも闇の神でもなく、僕を見守ってくれていたのは、姉さんだったのか。
「あなたが目覚めて、もう大丈夫だと分かってからは、私はひとりで、どういうことが起きているのかを調べることにしたわ。幸い、この力でどこにでも入れるし、誰かに気づかれることもない。ローファスとあのおじいさんが組んで色々と調べようとしていたのも知っているけど、私ほど上手くはできなかったでしょうね。なにしろ、他の闇の一族っていうのは、本当に闇の中に生きるがごとく……巧みにその存在を隠し通していたようだから」
「それで……この世界に、戦火が起こるかもしれないってことが分かったんですか?」
ルシアの問いに、姉は頷く。
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