#5

 そこには、漆黒のローブに身を包んだ、姉の姿をしたものが立っていた。ただし、フードは外して、はっきりと見えるその顔には心からの笑顔を浮かべている。


 エクレスとルシアは、全身で警戒をしていた。が、それをよそに、姉の姿をしたものは、鷹揚に頷いて言葉を続けていく。


「あなたたちがみんなから離れてくれてよかったわ。ローファスたちには、まだ捕まりたくはないからね」


「……姉さん」


 エクレスは、自然とそう呼んでいた。それに、姉の姿をしたものは恥ずかしそうに笑顔の種類を変えて、ウインクをしてみせた。


「ルーシャちゃんの魔法は、完璧だったわ。闇の眷族を、強制的に本来あるべきところへ退去させてしまう。あのおじいさんが使う空間跳躍の魔法を、相手にかけてしまうようなものね。純粋な光の血だからこそできる魔法――私も危うく飛ばされるところだったけど……私は対象に含めなかったわね?」


 そう言われると、ルシアはこくりと頷いた。


「その……最初に会ったときは、恐かったですけど。あの、あなたが悪い人だというのは、やっぱり違う気がして……」


「ありがとう」


 姉の姿をしたものは、柔らかく微笑んだ。


 ずうっと警戒心が解けていなかったが、事ここに至って、ようやく、エクレスにもこの存在が自分の姉なんだと信じられるようになってきていた。いつものフランクな態度に、この笑顔が、まさか偽物であるわけがない。どこか頼りになる、その存在感も偽りなわけがない。


 が、完全に疑念を払拭できたわけでもなかった。


「……でも、本当に姉さんなのかい?」


 エクレスの問いに、両手を広げて、彼女は頷いてみせた。


「考えてみると、利口なぶん昔からちょっと疑り深いところがあったわね、エクレスって。ほら、こんなに綺麗な自慢の姉さんのことを忘れちゃったの? ルーシャちゃんに、あんたが五歳までおねしょ癖が抜けなかったこと喋っちゃおうか?」


 ぶっとエクレスは吹き出した。頼むからやめてくれ、と言おうとして、隣でくすくす笑うルシアが目に入り、手遅れだと悟る。


 バツの悪い思いで、姉を詰問する。


「……さっきは、どこにいたの? ルーシャの魔法で、いなくなったと思ったけど」


「闇の魔法は、肉体を操作できるってエクレスも分かってきているでしょう? 私が神出鬼没に見えるのは、こうしているからよ」


 と、姉の姿が風景に溶けるようにかき消える。


 エクレスとルシアは顔を見合わせた。エクレスは恐る恐る、姉が居た場所へと手を伸ばす。柔らかい、むにゅっとした感触が返ってきた。


「ちょ、ちょっと! どこ触ってんのよ!」


 いきなり、姉の姿が現れる。エクレスの手は、その豊満な胸を鷲掴みにしていた。慌てて引っ込める。


「ごっ、ごめんなさい!」


 謝ると、姉はふっと笑った。


「まぁ、こういうこと。慣れればあんたにもできるようになるわ。光を通過させて、透明になれちゃうわけ。もうちょっと集中すれば、接点すら消せるんだけどね」


「ふうん……」


「あ、あの、エクレスくんのお姉さん」


 やや顔を紅潮させて、ルシアが言う。


「なあに? あ、普通に、お姉さんでいいわよ」


「あ、はい。その、エクレスくんは、お姉さんが十年前から姿が変わってないって言ってましたけど、あの、それって……」


 ルシアの言葉に、姉はにっこりと頷いた。


「それも魔法の力。力に目覚めた闇の一族は、やろうと思えば見た目の歳を取らないようにできちゃうのよ。肉体操作の魔法の副産物、ってところかしら」


「ええ……! すごい……!」


「ふふ、すごいでしょう。羨ましいでしょう」


「羨ましいです!」


 ルシアはまだ老化なんて心配するような歳ではないと思うのだが、すごい食いつき方だった。それとも、光の一族は闇の一族とは反対に老けやすいとか、そういう事実でもあるのだろうか?

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