#2

 エクレスは、食事もそこそこにそれを眺めていた。すると、ルシアに袖を引っ張られた。


「あの。エクレスくん。話したいことがあるんだけど。今、いいかな」


「うん。いいよ」


「いや、あのね。ここじゃなくて。もっと、こう、静かなところがいいんだけど。その……ふたりだけで話したい、っていうか」


 そう言われて、エクレスは考えた。


「村のちょっと外れに、丘があるよ。そこに行く?」


「うん。分かった」


 それから、エクレスは傍にいたラルフとメイジーに、少し外出すると告げて、村を出た。出るときに振り返ると、他の皆は気づいていないようだったが、ふたりは小さく、こちらに手を振っていた。ルシアも、なぜか赤面して、会釈している。


 外出とはいっても、村のほんの外れだ。草原の切れ目になる場所まで歩いていくだけ。エクレスは丘の上に立つと、ルシアに言った。


「綺麗な眺めだろう? 気に入ってる場所なんだ」


「うん。すごい。綺麗……」


 丘の上からは、村を出て、外の世界へと向かう街道が、絵筆でなぞったように緩やかな孤を描いて、地平の向こうへ続いているのが見える。遠くには、他の村も見える。木々が草原の中にまばらに立ち並び、花が、そこここに群生しているのも見える。遠くから流れてきた風が、髪と頬を撫でて、またどこかへ流れていく。


 ――それだけで、なぜ、ここまで心に迫るものを覚えるのだろう。


 エクレスは、ここが好きだった。入学する前――村に住んでいたときは、よくここに来て、一面の野原を見渡した。見える範囲にしかない世界。その向こうにどんなものがあるのかは知らなかった。ここと、滅んだ村しか、世界を知らなかった頃……


 それでもここは、宝物だった。見える範囲が、たとえ大きな世界のたった一部であったとしても――春には花を。夏には眩いほどの緑を。秋には、紅葉を。冬は、白銀の世界を見せてくれる。


 同時に、寝物語に神話を聞かせられていた頃の気持ちも思い出した。外の世界に憧れていた。姉の見る世界を知りたかった。好奇心でいっぱいだったあの頃。


 この丘から世界を見下ろしたとき、姉の言っていたことは本当だったんだな、世界には、見たことないものがたくさんあるんだな、と思い知った。


 ――それで……もっと色んなものを見てみたい、そう思ったんだ。


 あの惨劇の真相を知りたい、というほかにも、アストルの持つ純粋な冒険心のようなものが自分にもあったことを、エクレスは今、改めて思い知った。


 ふと、視線に気づく。横を見ると、ルシアがこちらを見つめている。


「どうしたの?」


「ううん。なんか、熱心に見つめてるなって思って。景色」


「かなり、久しぶりな感じがするから。ついね」


 感傷に浸っていたことをごまかし気味に答えてから、エクレスは腰を下ろした。倣って、ルシアも草の上に座る。


「話したいこと、僕もあるんだ。ルーシャに」


「そうなんだ。でも、私からでもいい? ずっと、私から、話せなかったから」


「うん」


 頷くと、ルシアはまず、頭を下げた。

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