#11

 闇の眷族の痙攣する下半身から、上半身が。そして残った上半身から、下半身が生えてきた。


 つまり、闇の眷族は、ふたつに増えた。それは起き上がり、同時に、こちらに構える。


「なんだよ、それ……。そんなのってありかあ……」


 へなへなと、アストルがへたり込む。ロシェとエクレスは、一歩前に出た。


 増殖した闇の眷族はそれぞれ、アストルとルシアを狙っている。まずは、厄介な魔法を使うものを潰す気であるらしい。


 どうする。アストルは、もう力が残っていない。闇の力を総動員しても、どこまで戦いきれるか、分からない。そもそも、同時に来られたら終わりだ。


 ――せめて、アストルが回復するまでの時間を稼げれば……。


 だが、悪い想像通り、二体同時に突進してきた。左右に避ければ、アストルたちが危ない。小細工なしに、受け止めるしかない。


 エクレスは、前へ進み出た。一体は自分が受ける。もう一体は、ロシェに任せた。


 鋭い爪と、仲間の間に、身体を割り込ませる。精霊の力を総動員して、全身に力を込め、突き出される手に、手を伸ばす。が、純粋な力は、向こうの方が上だ。食い止めきれずに、爪が脇腹に突き刺さった。


 めきめき、と、木を折るような音が、身体から聞こえる。腹筋も硬質化していたが、それを爪が突き破っていく音だ。


 必死に両の手で、進行を食い止める。闇の眷族の腕は冷たい。が、傷口は、灼けた鉄をねじ込まれているように熱い。


「くうっ……!」


「エクレス!」


 アストルが叫んだ。彼のほうは、ロシェによって守られていた。ロシェは、土壁を作り出し、かろうじて、進撃を妨害している。


 しかし、このままでは、ベイレスでの戦いの再現だ。続く攻撃で、班は壊滅する。


 エクレスも、受け止めているのは相手の右腕だけだ。すでに、闇の眷族は左腕を振りかぶっている。見せつけるように、緩慢に。


 エクレスは、肩越しに首だけ振り向いた。ルシアがいる。


「……死なせない」


 苦痛と、圧力をねじ伏せながら、それだけは言う。


「ルシア。僕は、君を守る……!」


 かといって、打つ手はないのだが。


 しかし、ルシアは頷いた。抱きしめるようにして両手で持っていた杖を、翳す。


「私も。エクレスくんを死なせはしない。死んでほしくない。だから……精霊よ、私に力を貸して!」


 ルシアは、高らかに叫んだ。どうやら、魔法を使うために、ずっと集中していたらしい。そしてそれは、今、完成したようだ。


「光の精霊よ! 闇の眷族を、その元あるべき場所へ帰せ!」


 眩い光が、ルシアから発散された。


 エクレスは目を細める。とても開けてはいられなかった。温かい光が、身体を包む。全てを見つめる神の光が、まぶたの向こうで、遺跡を白く塗り潰すのが分かる。


 目を開けると、闇の眷族はどこにもいなくなっていた。どういうわけか、完全に消滅してしまったようだ。


 見回して探ってみても、もう、闇の気配は一切感じられない。


 無意識に、エクレスは自分の腹を触った。戦闘着が破れているが、傷は消えている。


「あれ……。俺たち、助かった?」


 尻もちをついたままアストルが言う。その後ろには、ローファスがやってきていた。


 彼は冷や汗を拭いながら、ふうと息をついた。


「どうなることかと思ったが。よくやった。やったな。ロシェ、アストル、エクレス、ルーシャ。大金星というやつだ」


 それを聞いて、アストルは仰向けに倒れた。エクレスも、大きく息をつく。


 ふと、姉のことを思い出した。慌てて、周りを確かめてその姿を探すが、どこにもその気配はない。


 ルシアの魔法で、一緒にどこかへ吹き飛ばされてしまったのだろうか。


「にいちゃん」


 考えていると、メイが呼びかけてきた。しゃがみ、抱きしめようとして、もうひとつ気づく。今、自分の手は、闇の魔法で変質し、闇の眷族のものと変わらない状態になっている。


「どうしたの? にいちゃん」


「いや……。僕は、ちょっと、普通と違うみたいだから」


 迷って、右手を見せる。たとえそれを見せなくとも、そもそも今の自分の目は、真っ赤に輝いているはずだが。


 メイは、にこりと笑った。エクレスの右手に、両手を添えてくる。


「にいちゃんは、にいちゃんだもん。にいちゃんなら、ちっとも恐くないもん」


 堂々とした宣言だった。それに、エクレスはきょとんとしてしまった。


 それから、ルシアが笑い始めた。次に、ローファスも。


 おかしそうに笑うふたりを見ていると、なんだか、伝染してきた。エクレスも笑い始めると、笑っていないのは、不思議そうにみんなを見つめる、メイだけになった。

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