#8

 そこには、姉の姿をしたものが立っていた。距離は、やや離れているが。


「アーシア……」


 ローファスは、信じられないという様子で、名を呼んだ。


「君なのか? アーシア」


「ローファス……」


 名前を、女は呼んだ。それに、彼は身体を震わせた。


「まるで、十年前と変わらないな。美貌を保つ秘訣でも、見つけたのか?」


「……あなたも相変わらずね。懐かしいわ。あなたのそういうところ、好きよ」


 ふふ、と笑ってから、姉の形をしたものは、ローファス越しに、エクレスを見てきた。


「でも用があるのは、エクレスのほう。どう? エクレス。力に目覚めた気分は。まだ、使いこなせない? お友達に、軽蔑の目で見られはしなかったかしら? 異物を見るような目で見られて、排斥されそうにはならなかったかしら?」


 その言葉に、ルシアが顔を歪める。それを横目で見てから、黙って先を聞いた。


 姉の形をしたものは、ゆっくり腕を伸ばして、手招きをする。


「こっちへいらっしゃい、エクレス。姉さんと、一緒がいいでしょう? そちらにいるよりも、こちらへ来たほうが、楽しいわよ。また、本を読んであげましょうか」


「姉さん……」


 エクレスは、呟いた。


 メイをゆっくりと引き剥がしてから、立ち上がる。


「エクレスくん」


 名を呼ばれる。ルシアを見た。彼女は、しっかりとこちらを見返している。


 そこに、怯える瞳はなかった。彼女に、頷き返す。


「エクレス」


 ローファス、アストル、ロシェが同時に、名を呼んだ。それにも、頷き返した。


 ふたりよりも前に進み出る。そして、告げた。


「僕の友人に……仲間に、そんな人はひとりもいなかった。だから姉さん。僕は、そちらへは行けない。……行かない」


 目を閉じて、三日間眠り込んでいたときの悪夢を思い出した。


 暗闇の中に、横たわるみんな。たったひとりでいたならば、ああいった事態を引き起こしていたのかもしれない。だが、違う。


 右の拳を固めた。


「闇の精霊よ」


 自分の内なるものに、呼びかける。


「その力を、我に託せ」


 十年前も思い出す。血溜まりの中に倒れる父と母。それが、ルシアや、ロシェ、アストルの姿とすり替わる。


「友を守るための力を、この手に」


 大事な人を失う。そんなこと、二度と起こさせはしない。そのための、力だ。


 どくん、と、心臓が脈打つ。来た、と思った。今回のそれは、かなり穏やかだ。


 心拍が上昇する。闘争心が湧き起こる。だが、意思の全てを塗り潰すような殺意は、もう存在しない。


 エクレスは、右手を姉の形をしたものに差し向けた。闇の眷族と同じに変質した手を。

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