#5

 と、ドアを思い切り叩く音がした。


 なにごとかとラルフが返事をすると、男の人が飛び込んできた。


「た、大変だ。メイが! メイが、『穴』に落ちた!」


 がたん、と音を立てて立ち上がったのは、コース長だった。そのまま早足で、家の外へ出て行く。それに、ラルフが続いた。


 同じように席を立ったメイジーに、ルシアは聞いた。


「あの、どうしたんですか?」


「分からないけど……。メイちゃんは、この村の子よ。『穴』っていうのは、ルシアちゃんたち冒険者さんの言う、この村近くの遺跡のこと」


 それだけで、なにが起きたのかは想像できた。急いで、コース長の後を追う。


 コース長は、村の広場で、男の人たちから話を聞いているところだった。片手に子供のかぶる麦わら帽子を持ち、なにやら頷いている。


 追いつくと、コース長は言った。


「子供が、間違って遺跡に入ってしまったようじゃ。ひとまず、向かおうか」


「はい」


 コース長は、麦わら帽子を、そのメイという子の父親だろうか、身体の大きな壮年の男性に渡してから、手を翳した。


 それが空間跳躍だと気づいたのは、移動が終わってからだった。視界が戻ると、すでにコース長は屈み込み、地面に空いた大穴を覗き込んでいる。


「さて、どうしたものか。嫌な予感がするのう」


「嫌な予感、ですか?」


「うむ。具体的には、ルーシャらが前回遭遇したような雰囲気じゃな。ここも、ベイレスと同じで掃討は終わっておるのじゃが」


「それって……」


 ルシアは、ぞっとした。小さな女の子が、あの闇の眷族がいるかもしれない場所に、入り込んでしまったのか。


 一刻を争う事態なのは明らかだ。ルシアは、コース長に言った。


「私、助けに行きます」


「君がかね? さすがに、ひとりでは危険じゃよ」


 なぜか、急に白々しく聞こえるようになった声で、コース長は言う。


 緊急事態だが、試されているのかもしれない。なんというか、この人は、そういうところがあるように思う。


 ルシアは、それに乗った。


「エクレスくんたちを、呼んできてください。それまでに、女の子を見つけて、私が守りますから」


 ルシアは自分で、なんてことを言っているのかと思った。


 ここで、コース長がみんなを連れてきてくれるのを待つか、コース長を拝み倒して、一緒に行って助けるというのが、最善の選択肢だろう。


 でも、それは選べなかった。ここまで、ずっと燻って迷惑を掛けてしまったのだ。それに、命が懸かっていて、一刻を争う状況で動けるのが自分だけなら、それをためらってはいられなかった。


 コース長は、にやりと笑って頷いた。


「いい目じゃ。冒険者は、そうでなくてはならん。すぐにボウズたちを連れて戻ろう。が、その前に」


 コース長は、虚空に、人差し指を絵でも描くように滑らせた。すると、空間から切り出したように、一本の杖が現れた。それを差し出してくる。


「わしの作ったものは、当然、ローファスのものより何倍も性能がいい。ただ、無理はせんこと。守りに徹すれば、おぬしならどうにかできる」


「分かりました」


 頷いて、穴に向かう。覗くと、縦ではなく、斜めになっているようだ。


「気をつけてな、ルーシャ」


 頷くと、コース長の姿は消えた。見送ってから、ルシアは、遺跡へ足を踏み入れた。

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