#4

「謝りたい……というか、前のように、お話をしたいんですけど……。その、私から、声をかけることができなくて」


「ケンカでないのなら、話しかけてみればいいじゃないか」


 ラルフが言ったのを、メイジーが肘で突いたのが見えた。


「ルシアちゃん。私たちには、なにがあったのか、どうして悩んでるのかまでは、分からないけど。まずは、ふたりでお話ししてみないといけないと思うわ」


 ルシアは頷いた。メイジーの声は、嗄れているが、抑揚が効いていて、聞くとこちらの気持ちも、自然と落ち着いてくる。


 彼女は続けた。


「エクレスはね、思い込んだら、とことん真っ直ぐに進んでしまいがちな子だから。でも思いやりがないとか、そういう子ではないの。むしろ、ひとりだけで、考えすぎてしまう子でね。あなたとエクレスは、似ている感じがするわ。あなたも、そういう子に見える」


 言われて、彼の過去を思い出す。自分と彼は似ている。


 境遇のことではないと分かっていても、なぜか、それを言わずにはいられなかった。


「……私も、エクレスくんと同じなんです。五歳の時に、村をなくして。違う村に引き取られて、それで、冒険者になろうと思って……」


 それに、深く、メイジーは頷いた。


 慈しむような、憐れみでも同情でもない声で、言ってくる。


「ルシアさん。あなたは、ひとりではないわ」


 それは、なんでもない言葉だった。が、胸に、衝撃をもって飛び込んできた。


 ――自分は、ひとりではない。


 メイジーは、さらに続けた。


「校長先生は、とてもいい先生で、エクレス以外にも、班のみなさんや、教官のみなさんもいる。学校には、同じ冒険者を目指す子が、他にもいる」


「……はい」


「ルシアさん。エクレスの、力になってあげてくれないかしら」


 こちらの瞳を覗き込むメイジーに、ルシアは繰り返した。


「……私が、力に?」


「ええ。きっと、お互いに、支え合うことができる。あの子も、きっと、ルシアさんの力になってくれると思うわ」


 呆然としていると、肩を叩かれた。コース長だった。


「ひとりでは手に余る荷物も、ふたりならどうか。それ以上なら? それが、わしが冒険者コースを班単位で区切る意味じゃよ」


 コース長は、ふふ、と笑った。


「光のヒトも。闇のヒトも。光と闇の混血のヒトも。どれも同じじゃよ。わしは、エクレスの村も、ルシアの村も見たことがある。ご両親とも、会ったことがあるはずじゃ」


 それは、初耳だった。だが、このコース長なら、それも嘘に聞こえない。


「闇のヒトだからといって、悪いやつとは限らん。いい人ばかりじゃった。光のヒトだからといって、善人ばかりとも限らんじゃろう。いたずら好きなガキんちょがおったわ。そういうもんじゃ。のう、ルシア」


 コース長は、もう一度、言った。


「そういうもんなんじゃ。ルシア。おぬしの目には、なにが映る? エクレスの姿は、おぬしの瞳に、どう映っておる? それが、たったひとつの問題じゃ」


「私、は……」


 言いかけて、目を閉じた。目を閉じると、闇の眷族のように変貌した身体になってもなお、ルシアたちを守ろうと戦い、暴走する自分の力に抗おうとしていたエクレスの姿が、蘇ってきた。


 彼は、泣いていた。僕から逃げろ、と言っていた。


 目を開けた。


 見えた気がした。自分が、どうするべきなのか。なんて、くだらないことに悩んでいたのだろう。心の中の霧が、コース長と、メイジーの言葉で、晴れたようだった。


 もう、迷わない。早く学校に帰って、エクレスと話がしたい。

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