#2
「考えこんでおるのう」
突然、声がした。びっくりして振り向くと、すぐ傍にコース長が立っている。
「なかなか、気が乗ってこないかね」
それに、目を伏せて、頷く。
「エクレスについてかね」
それにも、頷く。
「闇の純血の力は恐ろしいものじゃ。しかし、あれだけのものを持っていて、最初に友を思いやることを忘れん。なかなか、そうはいかん。いい男じゃ」
また、頷く。
エクレスは、コース長の言う通り、とてもいい人だ。会話をしていても、飾ったところが少しもなく、優しく、思いやりがある。
自分が闇で、彼が光なのでは、とルシアは思うほどだ。
コース長が笑っている気配がしたので、顔を上げる。目が合う。
「エクレスもルーシャも、本当に似たものじゃの。自分の素性を知ったことよりも、相手のことを気にしておる。黙っておったわしらを責めてもいいと思うんじゃが」
それこそ、そんなことを言われても、と感じる。実際に、自分が光の純血種だったことよりも、エクレスのことが頭から離れないのだから、仕方がない。それに、黙っていたからと教官たちを責めるのも、違う気がした。
なにも言えずに黙っていると、コース長は笑顔のまま、提案してきた。
「ルーシャよ。ちょっとジジイと散歩にでも行かないかね」
「……散歩ですか?」
聞き返すと、コース長は頷き、グレイシスに声を掛ける。
「グレイスよ! ちょっとばかし、ルーシャを借りるぞい!」
それに、ロシェの攻撃を受けながら、片手を挙げて応じてくる。コース長は、ルシアに向き直ると、手を挙げた。
「んじゃ、ちょっと行くかね」
呟きの直後、世界が反転した。地面が消滅して、奇妙な浮遊感を味わう。
ルシアは倒れそうになったが、そのときには地面が元に戻っていた。視界も、元に戻る。
そして、驚愕した。
そこは、校庭ではなかった。どこかの、村の入口だ。見回すと、木柵に腰掛けていた、体格のいい壮年の男性が、驚いている。
「こ、校長どの!」
それに、コース長は手を挙げて応える。
「お久しぶりじゃ。中に入ってもええかの?」
「どうぞ、どうぞ。エクレスは? ローファスも、元気ですか?」
「ふたりとも元気じゃよ。ローファスが、エクレスの班の担当教官になったんじゃ」
「へえ! そうなんですか。その、お嬢さんは?」
「エクレスの班の女の子じゃよ。エクレスの村が見たいと言うんで、連れてきたんじゃ。ラルフ殿はおられるかね?」
「今、家にいるんじゃないですかね」
「そうかね。ありがとう」
勝手に適当な理由をでっち上げられていた。しかし、なにか言う前にコース長は歩き始めてしまう。ルシアは、慌ててその後を追った。
「あの、コース長」
「なんじゃ? のどかな場所じゃろ。ええ村じゃ」
「それはそうですけど、どうやってここに来たんですか?」
「空間跳躍という魔法じゃ。わしほどの魔法使いになると、大陸のどこだろうとひとっ飛び。さすがに時間跳躍は厳しいがの」
いったいそれは、どの系統の精霊をどのように使役することでできるのか、ルシアには見当もつかなかったが。普段から無造作に神出鬼没をするのは、その魔法なのだろう。
この人は、ちょっといい加減な人だと普段は思わないでもなかったが。いったいどれだけすごい魔法使いなのか。そんなことを考えていると、質問された。
「ルーシャ。君の村も、こんな感じかね。引き取られた後の村じゃ」
「そうですね……。ちょっと、見た目は違いますけど。雰囲気は、似てます」
開けた草原の中に、点在する民家と農家、農園。畑で仕事をする人、羊などの家畜を追い回し、面倒を見る人。そもそも、そういった農村の大前提が違う村は、ないとは思うのだが。ここには、なにか心安らぐ雰囲気があった。
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