第五章

#1

 エクレスが目を覚ました日から、五日が経っていた。


 彼は、動けるようになったものの、ローファス教官と別の訓練に取り組んでいる。なんでも、闇の精霊をコントロールするための訓練らしい。


 ルシアは、校庭で、攻撃の魔法を練習するアストルを眺めていた。今は、朝一番の、魔法の授業中だ。


「灼熱の剣よ、貫け!」


 唱え、彼が指で示した先にある木人形に、炎で形成した剣が殺到する。それは人形を四方八方から串刺しにし、爆発した。


 弾け飛ぶ残骸からは、ルシアが防護する。手を振ると、光の壁のようなものがアストルの前にそそり立ち、それらを遮断した。


 アストルは、かなり集中しているらしい。ルシアの防壁にも気づかないようで、すでに次の木人形に狙いをつけて、次の魔法を準備している。あの日以来、彼は鬼気迫る、という様子で魔法の訓練に没頭していた。


 光の純血種であるルシアは、普通の人よりも言葉を必要とせずに、魔法を行使できるらしかった。もちろん大規模なものであれば唱える必要も出てくるようだが、それは精霊の力を借りるためというよりも、自身の集中力を高める一助という意味合いが大きいだろう、とグレイシスは言った。


 ロシェのほうに目をやる。彼は、祝福を施した武器で、グレイシスと組み打ちを行っていた。傍目にも本気で打ち込んでいるロシェに対して、グレイシスは木の棒を持って、たやすくそれをいなしている。


 彼は、かなりの剣の腕前に見えるが、それでもグレイシスには敵わないらしい。それでも、やはりあの日以来、ロシェも目の色を変えて訓練に取り組んでいる。アストルよりは冷静を装っているが、彼の内に秘められた情熱というのは、なかなか隠しきれていないように思う。


 ルシアは、思い出す。


 彼と、エクレスのふたりを、闇の眷族はいとも簡単に倒したし、アストルの魔法は通用しなかった。班であの怪物をどうにかできるようになるには、あと、どれくらい頑張ればいいのだろうか。


 ――そもそも攻撃というのは、はたして最善の手段だったのだろうか?


 考えつつ、目が、勝手に彼を捜す。そして、いないことを思い出す。エクレスは今、室内練習場にいるはずだった。


 自分の気持ちが、嫌になる。


 エクレスが、恐い。そんなふうには、思いたくはない。が、あの変質した姿を思い出すと、身体が勝手に竦んでしまう。彼の目を見ると、遺跡の中で見せた、深紅の双眸を思い出してしまう。


 変質したときに、彼は涙していた。彼も、あんなことは望んでいなかった。そう分かっていても、恐かった。


 目の前で家族を殺していく、暗黒をまとう怪物と、彼の姿が重なって見えた。


 アストルや、ロシェの意志の強さ、冒険者になるための目的を聞き、いったい自分はなんなんだろう、という思いも強くなっていた。


 エクレスも、自分の村に起きたことを知りたい、という、ルシアと同じ目標を持っていて、彼は自分の身に起きたことと向き合い、今はそのために歩き始めている。


 ――それに比べて、自分はなんて弱いのか。


 前に進む決意ができなければ、仲間を信じることもできない。


 ――私なんかが冒険者なんて、目指すべきじゃなかったのかもしれない。


 ルシアは、深々と嘆息した。

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