#11
彼女を見ると、少し、肩を縮めた。俯いて、話し始める。
「あの……。エクレスくん。その、こんな態度で、本当にごめんなさい……」
「いいや。……当然だと思う」
エクレスが答えると、ルシアは話し始める。
「その、私のことは、聞いた?」
「うん。昨日、教官から」
「……私、自分が、光の純血種だなんて、知らなかったの。そのことも、戸惑ってるんだけど。……あの時現れた、闇の眷族が、村のみんなを……殺したのに、似ていて。その後、君も、おかしくなって。それで、なんだか……恐くなって」
途切れ途切れに、ルシアは喋る。たまに顔を上げて、こちらを見るが、すぐに目を逸らしてしまう。
「ごめん、なさい。私、まだ、どうしたらいいのか、分からなくて。エクレスくんが、おかしくなって、とか、そういうことが、恐いんじゃなくて……」
「もう充分だ、ルーシャ」
言って、グレイシスが背中を撫でる。コース長が、なだめるように言った。
「結論を、慌てんでもよい。アストルやロシェは、ちょっと精神構造が普通と違うでの。普通なら、何日も引きずるもんじゃ」
「ちょ、普通と違うってそれは」
「褒めとるつもりじゃぞ。まさか、こうもあっさり受け入れられるとは、少しも思っておらんかった。最悪、班の解体もあり得るかと思っておったが」
コース長は、エクレスたちを見回した。
「そうはならなそうで、よかったわい。まあ、ならんとは思っておったがの。なに、エクレスもしばらくは満足に身体を動かせんじゃろ。ひとまずは、三人とひとりに分けて、訓練に戻って、身体を動かしながら考えるとええ。ルーシャは、訓練には戻れそうかの」
それに、彼女は無言で頷く。
と、アストルがコース長に訊ねた。
「コース長は、エクレスがああなることと、あそこに闇の眷族が出るってことを、分かってたんですか? 仕向けてたように、思うんですけど」
「鋭い質問じゃな」
彼は髭をいじりながら答える。
「わしは、とんでもない魔法の力を持っておるからな。ある程度、先に起こることが分かっちゃったりするのよ」
「よ、予知ってやつですか?」
「どうかのう。ま、ともかく。あそこでなんかしら起きる気はしとった。が、エクレスやルーシャのことを、みんなに知ってもらういい機会と思ってな、こういう実地訓練は、他の班よりも早く経験してもらうつもりではあったよ。結果として、エクレスが変貌することまでは、わしにも予想はついておらんかったが。しかし、これが長々と仲良しをしてから起きていたら、取り返しのつかんことになっておったろう」
「そのために、全滅しかけましたがね」
ローファスが言う。コース長は、初めて厳しい目を見せた。
「教え子たちには、無事でいてほしい。むざむざ死なせるつもりもない。実験動物などとも思っておらん。だが、冒険者は危険な職業じゃ。甘やかすつもりは一切ない。死ぬかもしれなかった、などと泣き言を抜かすやつは、そもそも向いておらん」
そこで、おほんと咳払いをした。
「それは言い過ぎだが。今回は、予測以上の大変なことが起きた。じゃがそれは、冒険者をやる上で、いつだってありうること。わしを恨んでもらっても構わんが、君たちの道はそういうものなんだということだけは、覚えておいてくれ。よいかね?」
エクレスは頷いた。いちいち、コース長がこんなことをさせたせいだなどと言っていては、なにも前に進まないと分かっている。
前に進みたい。進んで、知りたいことがある。色々なことが明らかにはなったが、肝心なことは、まだ分からないままだ。
コース長は、厳しい顔を崩した。いつものゆるい笑顔に戻る。
「それでも、よく生きて帰ってきてくれた。五班は、本当に楽しみな班じゃな」
「あの、コース長」
エクレスは、声を掛けた。
「僕の姉について、聞きたいことがあるんですが」
「うむ。そっちの話に行こうかの」
コース長は腕組みをして、ローファスに顔を向ける。
「エクレスの姉。んで、ローファスの恋人。えらい美人なんじゃろ。会ってみたいが、わしは直接見たことはない。まず、事実を言おう」
次に、ルシア、エクレスを順に見た。
「闇のヒトの住む村、光のヒトの住む村、どちらもほぼ同時に、同じ晩に滅んだ。わしが調べたところ、どうも、エクレスの村が滅んだほうが先じゃな。そして、エクレスの村から、アーシアの死体は見つかっておらん。ひとりだけな。さらには、今回遺跡の中で出会ったという、当時のままのアーシア。これが意味するところは……」
「……姉さんが、全ての発端だと?」
「それはどうかの。ことは複雑じゃ。結論を決めつけたくはないし、解明を急ぎたくはない。なにしろ、遺跡の中でアーシアと思われる女性を見かけたというのが、今回初めてのケースじゃ」
そこまで言って、コース長は立ち上がった。もう、話を終えるつもりらしい。
「いずれにせよ、お前たちはまた彼女に会うことになるであろうな。そんな予感がある。もっとビビッと来たら、追って話をしよう。それではエクレス。養生せいよ。調子がよくなれば、おぬしの精霊についての話もしよう」
一方的に話を打ち切って、コース長はまた、姿を消した。
部屋に残された五班は、顔を見合わせ、自然と、教官に目が向く。
ローファスはそれを受けて、予定を発表した。
「では。ひとまず午前は休みにしようか。午後からは、ロシェ、アストル、ルーシャの三人は、授業を行う。いいかな」
ルシアは無言で頷き、ロシェ、アストルははい、と返した。
「エクレスは、回復に努めること。午後に、また養護教諭が来る」
「分かりました」
頷く。と、グレイシスはルシアを連れて、部屋を出て行った。ローファスは、ベッドから腰を上げないロシェとアストルに言う。
「部屋に戻らないのか?」
「昼までヒマじゃないっすか。みんなでカードでもしましょうよ」
と、アストルはポケットからゲーム用のカード一式を取り出した。
「私も?」
「当たり前じゃないっすか。教官もヒマなんでしょ。一週間、ずっと訓練だったし、俺たち、遊ぶ時間も返上してたんだし。今くらいはいいでしょ」
ローファスは、苦笑した。ドアから、こちらへやってくる。
「私は、そんなに遊びを知らないんだ。お手柔らかに頼むよ」
「教官って、意外と堅物? エクレスは知ってるか? ルール」
「いや知らないけど」
「僕も知らないな」
「お前らマジかよ」
アストルは、カード素人の多さに目を回したようだった。が、めげずにベッドの上で、カードを配り始めた。
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