#10

「……僕からは、特に言うことはない。と、言おうとは思っていたんだ。が、君の過去や境遇を、教官から聞かされた。その上で、僕のことを黙っておくのは、フェアじゃない。だから、話をする」


 エクレスは頷いた。ロシェは、話し始めた。


「僕の両親は、単なる市民だ。貴族ではない。正確に言えば、貴族の血を引いてはいるんだ。何代も前の、先祖というべきなのか。その人が、貴族だったらしい」


 ロシェは、こちらから視線を外して、続けた。


「サンフォレット家というのは、かなりの名門だったらしい。だが、没落した。大昔のこと……かつてある程度の規模の戦争があり、先祖は、捕虜になったという。そして、敵方に助命を請い、仲間の情報を売り渡したそうだ」


 彼の声には、怒りが混じっていた。


「戦争が終わり、その利敵行為が露見すると、先祖は罪を問われた。領地を剥奪され、当人は死ぬまで幽閉された。残された一族は、名前を隠し、サンフォレットの地を捨て、細々と生きてきた。そのことに関する恨みつらみを、子孫に向けて書き遺しつつ、な」


 それを、ロシェはどのようにして知ったのだろうか。彼は一度ちらりとこちらを見ると、心を読んだように言う。


「サンフォレットの裏切りについては、歴史的な事案として残っているんだ。それを記した文献を見つけるのに苦労はしない。どの街の図書館にもあるはずだ。僕の家系が悪名高きサンフォレット家の直系だと知ったのは、実家に遺されている手記やら、資料やら……そういったものを見つけたからだ」


「そうなのか」


「ああ。僕には……目的がある。僕は、サンフォレットの名を、再び興すつもりだ。平民から、貴族へ成り上がりたいわけじゃない。ただ、先祖の名を、戦争犯罪者として、そのままにはしておきたくない。先祖の身に起きたことを知りたい。その上で、汚名を雪ぎたい。それが、僕の冒険者になる、目的だ」


 ロシェは、こちらの目を、真っ直ぐに見つめてきた。そして決然と言う。


「サンフォレットの家名を持つものは、決して仲間を売ったり、裏切ることもしない。僕は、エクレス、君を信頼している。君は変貌してもなお、抗おうとしていた。誰がなんと言おうと、僕はそれを見ていて、聞いている。君が邪悪な存在ではないと、確信している。誰に言われたことでもない。僕は、僕自身の目を信じている」


「ロシェ……」


「二度とは言わない。僕は、君の味方だ」


 それについても、すぐに言葉が出てこない。なにも言うことはない、というのは、改めて信頼について言うほどのことはないと、言いたかったのだろう。


 それでも、家系についての話は、あまり言いたくないことのはずだ。それを、包み隠さずに教えてくれた彼は、誇り高い男だと思う。最初の時から、名乗らなくともよい家名を名乗っていた。


 今はただ、彼の持つ誇りが、自分のことのように誇らしい。このような友に並べるように、自分も戦い続けなければ。


「ありがとう、ロシェ」


「礼など、必要ない。二度とそんな情けない顔をしないで済むよう、訓練に励むんだな」


 そのときには、もう、そっぽを向いている。


 そこに、アストルが加わった。


「でも、俺なんて、そういう一族エピソードなんてないからなぁ。ちょっと羨ましいぜ」


「お前な……。裏切り者一族などという汚名を背負いたいのか?」


「わ、悪い。でもさあ、一般人だとさあ、冒険者になるなんて言っても、動機に説得力ないみたいに見られるしさぁ」


 ロシェの言うように、特別な過去というのは、エクレスにとってもずっと重荷だった。そんなにいいものだとは、とても思えない。


 そして、もうひとり、特別な過去を持つ人がいる。ルシアだ。

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