#6

「はい。あの」


「次に、ルーシャのことだが」


 エクレスの問いに、彼は先回りをしてきた。


「彼女は……ちょっと、引きずっているようだ。遺跡で起きたことよりも、どちらかというと、君の変質にショックを受けているように見える」


「ショック、ですか」


「ああ。それだと、少し控えめな言い方かもしれない。あまり、悪いふうに言うつもりはないんだが……彼女は、君に怯えている」


 怯えている。それは、鋭利な刃物のようにエクレスの心に刺さってきた。


 変質した後。姉の形をしたものが消え、その後、ルシアを見た。確かに、彼女はエクレスに怯えきっていたように思う。だからこそ、見られたくないと思ったのかもしれない。


 ローファスは、水差しを取り、コップに水を注いだ。口を湿らせてから、言ってくる。


「というのも。彼女にも事情があるんだ。君の事情は、彼女に聞かせてある。彼女からも、過去について、必要があれば彼に話していいかと、了承はもらってある。聞きたければ、話そう。彼女から、直接聞くでもいいが」


「会える状態ではないんですよね?」


「まあ、そうだな。ひとまず、そっとしておいたほうがいいと思う。ロシェ、アストルも、彼女には会っていない。傍には、グレイスがついているが」


 エクレスは、考えた末に、ローファスから聞くことにした。


「……教えてくれませんか。ルーシャのこと」


「分かった。話としては、とても簡単だ。君は、闇の純血種。彼女は、光の純血種だ」


「はあ……?」


 言っていることは分かるが、すっと頭に入らなかった。聞き返すと、彼は言い直した。


「君が闇の神が作ったヒトの純粋な形というなら、彼女は光の神の作ったヒトの純粋な形だということだ。彼女は、十年前まで、光の純血種の村に住んでいた」


「十年前? 光のヒトにも、純血種が?」


「闇の純血種がいて、光の純血種がいない理由があるか?」


「それは、そうですけど。それが同じ、冒険者コースに?」


 エクレスが信じられないのはそこだ。いったい、どういう偶然か。


 ローファスも頷いている。


「君に関しては、私の誘導があったが。ルーシャがここに来たのは、全くの偶然だ。私はコース長に、試験の後、彼女は光の純血種だと教えられた。驚いたよ。コース長も、驚いていたようだったな。光の純血種は、十年前を境に完全に全滅したとコース長は思っていたらしい」


「……全滅?」


 聞き返すと、彼はまた頷いた。


「ある晩だ。闇の眷族が村に現れて、村の人間を皆殺しにしたらしい。彼女は、父親に匿われて、生き延びることができたのだという。朝になってから、ルーシャは村を出て、ひとりで近くの村へ助けを求めていった。それから、その村で親切な老夫婦に引き取られて、大きくなり、あの晩になにが起きたのかを知りたくなった彼女は、冒険者となるために、この学校へ入学した」


 エクレスには、言葉もなかった。


 最初に話をしたときから、なにか、共有感めいたものがあったが、そこまで同じような境遇だとは、思わなかった。


 そして、話を聞いて、彼女がなにに怯えているかも分かった。


「ルーシャは……最初、闇の眷族が渦から現れたとき、ひどく怯えていました……僕の姿を見たときも。彼女の村を襲った闇の眷族に、似ていたんでしょうか」


「そうかもしれないが、なんとも言えないな。彼女は、その過去のせいで、そもそも闇の眷族が苦手なのだろうし……」


 そんな過去を持つ彼女が、身近な人間がそれに変質する姿を見てしまったら。信頼をするべき班員が変質し、仲間を傷つける姿を見てしまったら。


 彼女の心の傷は、さらに深く抉られてしまったはずだ。


 エクレスは、窓の外を見た。陽が、先ほどよりも傾いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る