#5

 ローファスの顔は、断罪されることを望んでいる顔だった。だが、エクレスはゆっくりと首を振る。


「僕はあなたを軽蔑なんてしていません」


「……なんだって?」


 怪訝そうにする彼に、言う。


「ローファスさんは、死んでいくだけだった僕を助けてくれた。身寄りのなくなった僕を、ラルフさん、メイジーさんに預けて、生活を保障までしてくれた。今は、教官として指導してくれている。そしてまた、命を救われました。どうして、あなたを憎んだり、軽蔑しないといけないのか……僕には、分かりません」


「……エクレス」


 無理をしているわけでも、善の心を振りかざしているわけでもない。彼を赦す素振りを見せて、関係を優位にしようとしているわけでもない。それは、心からの気持ちだった。


「姉さんは、あの晩、恋人ができた、という話をしてくれました」


「……そうか」


「大切な人っていうとちょっと違うけど、まあ、いい感じのパートナーだとか、そういうふうに言っていたと思います」


「そ、そうか」


 ぎこちなく、ローファスは頷いている。エクレスは、それに笑った。なんだか、久しぶりに笑った気がする。


 少しでも、自分が何者なのか、分かったおかげだろうか。それにしても、一度に知らされることになったが。あとは、恩人と、ついに会えた。いや、会っていたと知ることができたのも、大きい。


 胸の大きなつかえが取れたような、そんな気持ちだった。


「なんていうか、なんて言えばいいのか、分からないですけど」


 エクレスは、ローファスを真っ直ぐに見た。そして、言う。


「ありがとうございました。助けてくれて。あなたがいなければ、今の僕はいない。あなたと一緒にいて、姉さんも、きっと楽しかったんだろうなって、思います。軽蔑だなんて、とんでもない……感謝しています」


「エクレス……」


 彼は、一度大きく息を吐いた。目を覆うように額に手をやり、俯き加減になる。


 そのまま、言ってきた。


「ありがとう。……エクレス、ありがとう」


 しばらく、彼は黙った。


 エクレスは、窓から見える木にとまる鳥を数えて、言葉を待った。


 やがて、ローファスが口を開く。


「今の話は、ロシェ、アストル、ルーシャにも話してある」


「そうなんですか」


「ああ。そうだ。特にアストルには、ひどく怒られたよ。最初にも言ったが、この班を作ったのは、私だ。コース長とも話し合ったが、私は私の意見を通した。闇の純血種である君と組み合わせるのに、一番相応しいだろう子を選んで作った班だとも、彼らに話した」


「それは、怒るでしょうね」


 当たり前だ。その説明では、みんながエクレスのおまけとして選ばれたとしか聞こえない。冒険者への熱意に溢れていたアストルが怒る姿は、目に浮かぶようだ。


「彼は、激怒していたよ。私の胸ぐらを掴んで、まずはエクレスに謝ってくれ、と言ったんだ。あいつは、あんたたちの勝手であんな目に遭って、死ぬかもしれなかった。ずっとそんなことを都合で黙っていたなんて、卑怯だ、と。君のために怒っていた。ロシェもまた、同じことを言った」


 それを聞いて、信じられない思いだった。エクレスは、自分こそが責められるべきだと思っていた。力に身を委ね、それを彼らに向けたのだ。こんなやつとは、二度と一緒にやっていけない。そう言われるものだと。


 ローファスは、微笑んだ。


「いい友人だ。真っ直ぐな心を持つ子たちばかりで。それがどれほどのものなのか、こればかりは、テストだけで測りきれないんだが」


 彼はすぐに言い足した。


「冒険者コースの選別は、魔法の素養の有無だけで選ばれると思っているだろう?」


「違うんですか?」


「違わないが、足りない。筆記試験、面接には、ある種の心理検査が含まれている。コース長が考えたものだがね。私たちは、子供たちの善性についてのテストをしているんだ。優秀な冒険者になれそうな子でも、反社会的な性質を示していたりすれば、合格できない。もっとも、人の心、精神に関することだ。精度が百パーセントとは言えないし、表向きに言えることではないため、内緒にしているんだが」


 それは難しい問題に聞こえた。魔法の力を、不用意に扱ったり、悪用する輩がいれば、悲惨な事件が巻き起こされてしまうだろう。それに対して、ある程度の予防策を講じるというのは、仕方がないといえば、仕方のないことかもしれない。


 エクレスは、自分の手のひらを見つめた。あの遺跡で目覚めた力が、もし街中で発現していたら。そう考えると、背筋が冷たくなる。


「彼らは、君が目覚めるのを心待ちにしていたよ。あとで、話をするといい。君からも、話したいことがあるだろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る