#3
「十年前。私は、十八歳だった。そのときにはすでにこの学校を卒業し、冒険者をしていた。私は、王都から離れた、北西部の遺跡を調査していたんだ」
彼は、部屋の窓のほうへと目を向けていた。その向こうに、過去を幻視しているように見える。彼の見ているものが見えないかと、エクレスも、窓へ視線を移した。
「コークス、という街を拠点にして、私は調べものをしていた。街には大きな資料館、図書館があってね。遺跡について示唆する資料がないか、情報収集をしていた。そのときに、私はアーシアと出会った」
「いつ頃ですか?」
窓の外に揺れる木を見ていると、それが気になった。
「冬が始まる頃だったな。十二月に入って、本格的な雪の季節になる頃だ」
北西部は、冬が厳しい。姉は冬の間、村にはほとんどいなかった。普段は、簡単な出稼ぎ仕事に出ていたが、冬の間は、村と街の行き来は困難になる。だから、冬の間はコークスという街の商店で、住み込みで働いていた。
それを思い出すと、エクレスは、窓の向こうに、雪のどっさり積もった村の広場が見えたような気がした。
――春になると、姉が帰ってくる。そうでなくとも、雪さえ溶ければ、帰ってきてくれるかもしれない。帰ってきたら、どんな本を読んでもらおう。
エクレスにとっての冬の思い出は、そんなものだった。そうやってずっと、窓の外を見て過ごしていた気がする……。
「彼女とは、ある程度の顔見知りではあった。買い物をする商店で、彼女が働いていたからだ。ある日、図書館で調べものをしているところに、彼女が話しかけてきた。話してみると、明るく、好奇心旺盛で……感性が鋭く、利発な人だったな。気も合って、いつだったか忘れたが、交際を開始した」
他の人が姉のことを話題にし、それを聞くことは、初めての体験だった。なんだか、背中がこそばゆい感じだ。
「彼女は、遺跡に興味を持っているようだった。よく、私の調査に同行しようとした。私はダメだと言ったんだが、よく丸め込まれた。結局、一緒に遺跡にも入ったが、それは、とても楽しいひとときだった」
姉とローファスが、連れ立って暗闇の中を探険する姿を思い描く。とても絵になっているような気がした。
「私とアーシアは、最終的に、遺跡の最深部にまで到達した。その頃には、もう冬はほとんど終わり、その調査を仕上げたら、報告のため王都に戻らなければならなかった。私は、彼女に、一緒に王都へ来ないか、と誘ったんだ。彼女は応じてくれた」
しかし、姉は冬が過ぎて、村へ帰ってきた。つまり、王都へは行かなかった。
「アーシアは、少し様子がおかしくなった。きっかけは、私と一緒にもう一度、最深部を調査して……そこに湧いた闇の眷族を、私が始末してみせてからだ。闇の眷族をそのとき、初めて目の当たりにした彼女は、ひどくショックを受けていた」
話は、佳境に差し掛かったのだと感じた。
「彼女は、私に、少し考えさせてほしいと言った。一週間、時間がほしいと。一度村に帰り、それから、もう一度会って話をすると言った。私は王都へ戻ることを延期して、街で彼女を待った。だが、音沙汰なく、一週間ほど過ぎた」
エクレスは、そこでローファスを見た。彼はいつの間にか、窓に向けていた視線を、こちらへ向けていた。
彼は、じっとエクレスを見つめたまま、続けた。
「私は、心配になって、村を訪ねてみることにした。だが、大体の場所しか聞いていなくてね。彼女の村は、とんでもない場所にあった。外界に見つけられるのを、拒み倒しているようなところだ。残雪の中でほとんど遭難しそうになりながら、彼女の村だと思しき村を見つけたのは、ある日の……もう真夜中になっていた」
ごくり、と息を呑む。そこからの話は、エクレスと関係があると分かる。
「村は、静まり返っていた。見張りは、血を流して事切れていた。手の施しようもなかった。私は、生存者を捜そうとした。ひとつひとつ、家をノックし、中を調べた。……だが、皆、殺されていた」
脳裏に蘇る。あの夜の記憶。怪物に殴られ、必死に村の広場へと這いずっていった記憶を、エクレスは噛みしめた。
瀕死だった自分に駆け寄ってくる、金髪、碧眼の人影。
「アーシアの死体は、その時点では見つけられなかった。が、広場の近くに、子供が倒れているのを、私は見つけた。その少年には、まだ息があり、意識もあるようだった。私が駆け寄ると、『お姉ちゃんを助けて』とだけ告げて、彼は意識を失った。重傷だった」
エクレスは、なにも言わなかった。ただ頷いて、先を促す。
「私は魔法を使って、応急処置をした。アーシアから、弟がいることを聞いていた私は、その少年が、アーシアの弟だと直感した。少年は、血の跡を引きずり、広場までやってきたようだった。少年は、すぐに街の医者へ連れていかねばならなかったが。私は、少年を安全だろう場所に寝かせて、血の跡を辿った」
ローファスは、首を振った。
「少年のだと思われる家に、アーシアはいなかった。代わりに、これを見つけた」
彼は、ポケットから、なにかを取り出した。掲げて、示してくれる。
姉のペンダントだった。涙の雫を象ったような形をしていて、綺麗に輝くそれを、見間違えるはずはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます