第四章

#1

 ――闇の中にいる。


 他には、なにもない。上下、左右の感覚もない、自分が立っているのかもどうかも分からない、茫漠とした闇の中にいる。


 エクレスは、自分が死んだのだと思った。これから、神の元へ召される途中だと。


 そう思うと、不思議と足元がしっかりとしてきた。闇の中を、どこへ向かうのかは分からないが、とにかく前方だと思われる方向へ歩き出す。


 なにも見えない。一面の闇。手を前に突き出して、とにかく歩く。


 と、壁に行き当たった。触って調べてみると、ところどころ出っ張っているのが分かる。


 引き返そうと後退りして、背中になにかがぶつかった。触ると、そこにも壁がある。もしや、と感じて四方に手を出すと、壁に囲まれていた。


 なら、どうやって進んできたんだろうか、と疑問に思った。しかし、考えていてもこのままではどうしようもない。


 エクレスは壁の出っ張りに足を掛けた。進むには、これを登るしかない。


 どれほど登ったのか、先を探ろうとした手が、空を切る。壁が終わった。縁に手を掛けて、身体を引き上げる。


 よじ登った先も、一面の闇だった。いや、なにか、様子が違う。


 ぼんやりと、なにか闇に浮かぶ影があった。それは倒れている。


 エクレスは、駆け寄った。


 うっすらと淡い光に包まれ、輪郭が見える。覗き込むと、それは、八つ裂きにされた父の死体だった。


 エクレスは、驚いた。起こそうと伸ばしていた手は、反射的に引っ込んだ。


 周囲を見回すと、そこには、たくさんの人が倒れていた。顔を覗かなくとも、誰が倒れているのかは、分かる。母、姉、ローファス、グレイシス。ラルフとメイジー。彼の村の子供たちと、その親。


 そして、ロシェ、アストル、ルシア。


 一体、なぜみんな死んでいるのか。頭を抱えようとして、自分の異変に気がつく。


 手は、真っ黒に硬質化し、鋭い爪が生えている。それは血に塗れていた。


 手だけではない。全身が血に塗れている。


 暗黒の中にあっても、どす黒く輝く血液。それが、語りかけてくるようだった。


『お前が殺した。お前は、そういうモノだ。そのために、その力はある』


 反響するように、その声は闇全体へ広がっていく。


 エクレスは耳を塞いだ。そして、絶叫した。

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